2026/07/01

イギリス最古の礼拝堂

昨年の夏、エセックス州へ出掛けたついでに、イギリス最古の礼拝堂を夫婦で訪れました。古い小さな教会好きとしては、ずっと前から一度行ってみたいと思っていました。が、エセックス州の中でも地の果てみたいな辺鄙な海際に在る為、日帰りで行くには余程日が長い時期ではないと無理と思われ、またこれだけを目的に目指すのにはちと贅沢過ぎ、何かのついでではない限り行く機会は無いと思っていました。

最寄りの村はDengie デンジ―半島の北東に在るBradwell-on-Sea ブラッドウェル・オン・シーで、村の中心から農道を東へ2㎞以上進み、更に専用無料駐車場から直線一本道を10分程歩きます。

遊歩道の入り口には、毒蛇注意の看板が。Adder(ヨーロッパ・クサリヘビ)はイギリスに生息する唯一の毒蛇ですが、非常に憶病な為に滅多に遭遇する事はなく、毒性も致死的ではありません。しかし看板のイラストは、コブラの姿に捏造されていて恐怖を煽ります()

エセックスはイングランドの中でも特に海抜が低い事で知られていますが、海が間近なここは特に真っ平。平らな土地に異様な寂しさを覚える私には、一際荒涼とした寂しい場所に見えました。 

一応荒れ地ではなく小麦畑や牧草地にはなっているものの、余りに孤独な風景に、巡礼している気分になる人も居るそうです。

このすぐ北には、原子力発電所が重々しく聳え立っているのが見えます。元々その場所は、僻地な上に軍用跡地で周囲に民家が皆無だった為、原発を建てるのには好都合な立地だったそうです。 

木々も少ない平坦な農地の中にぽつんと立っている為、目的の礼拝堂は割とすぐに見えて来ます。 

横に立っている木造小屋は、近年加えられた倉庫兼休憩所のようです。

こちらは南西側で、私が考えていたよりは大きな建物でした。しかし余りにも簡素な造りで、教会らしさや宗教的な装飾はほとんどありません。知らなければ単なる古い石造りの納屋か何かにしか思えず、実はこれが礼拝堂で、しかもイギリスで最も古い、歴史的にも信仰的にも貴重な存在だとは気付けないはずです。

こちらは北側の壁。現在も機能している英語圏最古の教会は、カンタベリーのSt. Martin Church 聖マルティヌス教会ですが、ここは礼拝堂として最古です。

夕方近かった為、すっかり逆光になっている東側。名前を「The Chapel of St Peter Ad Murum」、または「The Chapel of St Peter-on-the-Wall 壁の上の聖ペテロ礼拝堂」と言います。 

「壁の上」と付くのは、ここがかつて「Othona オソナ」と言う古代ローマ帝国時代の要塞跡で、その城壁の在った場所に建てられたからのようです。

石材の多くは、要塞の残骸を再利用しているそうです。たった今通って来た遊歩道も、古代ローマの道でした。 

記録に乏しいアングロ・サクソン程の古い時代の歴史には珍しく、東サクソン(=エセックス)王国での布教に尽力したCedd セドと言う司教に寄って654年に建てられた事が、割とはっきり判明しています。元々は、聖セド修道院の付属教会だったようです。修道院は人里離れた、つまり俗世から隔離された場所が選ばれて建てられた為、こんな辺鄙な場所に礼拝堂が残っているのも頷けます。

15世紀中頃までは使用されていたと記録されていますが、16世紀のチューダー時代には廃礼拝堂となり、その後実際に納屋として使われたりで、20世紀に入り再び礼拝堂として復活しました。現在は、七、八月の毎週日曜日の夕方のみ礼拝が行われています。


内部には入れませんでしたが、一般公開している時もあるそうです。昔はサクソン教会建築らしい湾状に張り出したアプス(後陣部分)や塔も存在していたようで、ずっと教会らしい建物に見えたはずです。


また、外壁のあちこちにも出っ張りが残っていて、もっと規模が大きく複雑な建物だったのが伺えます。

海岸線まで300m程ですが、砂浜や岩浜ではなく湿地草原地帯や泥地で、当然海水浴に使われる事もなく、夏の快晴の日でさえ清々しさや明るさのカケラもない本当に荒涼とした海辺です。

礼拝堂のすぐ側の海辺に立つ、牡蠣やコックル(笊貝)の貝礁と塩田を監視する為の塔の廃墟?が、侘しさを一層盛り上げています。 

「登るな」との注意書きが沢山掲げられていますが、到底登る気にはなれない処か、見るからに今にも崩れ落ちそうで、普通のリスク感覚があれば近寄るのさえ憚られます。

また、牧草地の中には第二次世界大戦の掩蔽壕も残っていて…(結構今だイギリスのあちこちで見掛けるのだが)、本当に侘しい寂しい場所です。

対岸に見えるのは、同じくエセックス州のMersea Island マーシー島Clacton-on-Sea方面。マーシー島も冬は寂しい場所に見えましたが、恐らく夏期には海水浴客で賑わっているはずです。

余りに飾り気のない建物と孤高な立地に、返って只者ならぬスピリチュアルな雰囲気を漂わせているような、印象深い礼拝堂でした。