2026/05/24

サファイヤ色ラインストーンのスプレイ型ブローチ

 

今年三月初旬のArdingly アーディングリーのアンティーク・フェアで、続いてこのブローチを友達への誕生日プレゼント用に買いました。 

全体の縦5㎝強で、サファイヤ色ラインストーンの長さは8㎜程度です。 

相変わらずスプレイ型なんですけど、ちょっとだけシャープで大人っぽいメージがあると思いました。スプレイ型でも、花束と言うよりは小枝を束ねたように見えます。

ワイヤーが直線的で、アクセントとなるサファイヤ色のラインストーンが、ラウンドではなくレクタングル型なのが、甘さ控え目に見える決め手のようです。

また、ワイヤーを束ねる部分に嵌め込まれた、一際大きな無色透明のラウンド型ラインストーンも、何気に目立つアクセントになっています。

 

 

 

2026/05/23

レトロな画材のパッケージ

 

母の葬儀が無事終了し、姉が東京に帰った後も、私は実家に数日間一人残って、両親の遺品や自分の残していた持ち物の整理処分に明け暮れました。私の両親は買い物好きな上に整理整頓の能力は皆無だった為、実家は物で溢れてゴミ屋敷に近い非常に散らかった状態でした。居間等は弟夫婦が既に大方片付けていましたが、母のアトリエの片付けだけは、家族で唯一画材の知識が多少ある私が任されました。この12畳近くあるアトリエは、家の中でも特にカオスな状態でした。母は主に油絵や絵手紙を制作していましたが、それ以外にもありとあらゆる画材に気まぐれに手を出した為、広範囲に渡る画材が大量に発掘されました。中には高級な質の良いメーカー品も沢山混じっていましたが、小学生が買うような安物も捨てずに山のように残っていました。見事にほんのちょーっとだけ手を付けた同じような画材が次から次へと出て来て、その上真っ当に保管・管理する能力もなかったから、ほとんどの物は汚れて状態が悪く、チューブ状の絵具類の多くはガチガチに乾き切って捨てるしかありませんでした。一体母はどんな頭の中身をしていたのか、今となっては知りようがないし、例え生前に母に尋ねたところで恐らく本人も全然把握していなかった事でしょう。おまけに、母は物凄く所有欲だけは強かったのか、老人あるあるなのか、定規一本に至るまで全ての持ち物にでっかく名前と住所が記され、其処だけは異様にきっちりしていました。恐らく画材の価格が日本以上に高く付くイギリスなら、そんな中途半端に使われた名前が書かれた画材でも、フリマ等で売れるかチャリティショップが引き取ってくれたでしょうが、ここ日本の片田舎とあっては概ね処分するしかありませんでした。そんな中、とんでもなく古い画材も幾つか出て来ました。大抵は中身が揃っておらず、どう考えても自分も必要ないのですが、外箱のみは味わい深いから、せめて写真を撮ってから処分する事にしました。

この中でも、多分最古参と思われるさくら(※未だカタカナではない)クレパス。このパッケージは、私ですら記憶にありません。畳の上で撮影しているのは、アトリエに畳が張られた高床式のチェストが置いてあるからです。このチェストの中も、悲鳴を上げたくなる程カオスな状態でした。

太陽鉛筆は、現存する東京荒川区の老舗文具メーカー。明らかに手とカッターで削られた鉛筆が描かれている所に、時代の古さが感じられます。三菱鉛筆にも、当時良く似たパッケージの色鉛筆があったようです。 
その三菱鉛筆は、
今知った事には三菱財閥(三菱グループ)とは無関係だそうで、地味に驚いています。イギリスでも、uniとして良く知られています。

色鉛筆の箱の下部を別な小さな箱で隠しているのは、例の名前がでっかく書かれているからです。その隠している小さな箱のパラダイカラーとは、 布用の染料だったらしい。 

80年代少女漫画風のキラキラした瞳のイラストの、トンボ製の色鉛筆。クマとウサギは、何故か首の縊れがない程太って描かれています。

芯だけで出来たソフト色鉛筆で、いわゆるサクラクーピーペンシルの類似品。 モチロン本家のクーピーそのものも、全て中途半端に使われた物が何箱も出て来ました。

ぺんてるの「パスティック」で、こちらも全芯タイプのクーピーの類似品。…本当にどれ一つとして未使用の物はなく、さりとて使い切りに近い状態の物も全くありませんでした~(涙)。戦後の物の無い時代の苦労を知る人のはずなのに、何故こんなに物を無駄にし捲る事が出来たのか、娘としても全く不可解でなりません。




 

2026/05/21

黄金の雫のラインストーンのスプレイ型ブローチ

今年三月に訪れたArdingly アーディングリーのアンティーク・フェアで、買った物の御紹介の続きです。その後余りにも急な帰国でバタバタしたものだから、当時の記憶も朧げになってしまいました。その日は三月末に誕生日が来る友達へのプレゼント用ビンテージ・ブローチを最優先で探したので、これも友達用に買いました。

ワイヤーを曲線状に曲げて束ねた上にラインストーンを鏤めた所謂スプレイ型は、ビンテージ・ブローチの良くあるタイプの一つで、その友達にも今までも何度か送ったように思います。しかし、ビンテージらしい王道の形式である事は確かだし、何より大抵可愛く見えて使い勝手も良いので、つい選んでしまいます。

縦5㎝位で、使われたラインストーンはトパーズのような黄色系で纏めてあります。その中でも一番黄色味の濃い大きなラインストーンは、まるで黄金の雫のような輝きを放ちます。

この色と艶、何処かで見覚えがある…と思いきや、「純露」と言うUHA味覚糖の鼈甲飴を思い出しました。錠剤の薬のようなシートに嵌め込まれていて、ポンと飛び出させるのが地味に楽しい飴でした。1971年に発売され、形態は変われど今でも販売され続けているベストセラーだそうです。今は、「ちいかわ」版純露も出ているそう。

新緑の葉上に輝く朝露に見立てて、緑系の服装に着けるのが映えるように思えるブローチです。 




2026/05/20

「CAFEアルバロ」の季節のサラダ&ドルチェ・セット

  

高齢化&多死社会の典型的な宿命で、田舎ですら葬儀屋が混み合っていて、母の葬儀の日程は死亡から一週間後しか取れませんでした。しかしそんなに先延ばしされたお陰で、外国に住む私でも母の告別式に間に合う事が出来ました。姉は母が亡くなった翌日には実家に戻りましたが、其処で一人きりでしばらく母の遺体と暮らしました。今時は田舎でも遺体を自宅に安置する事は余りしませんが、弟は父の時同様に母の遺体を帰宅させる事にしました。弟は徒歩3分程度離れた場所に住んでいるのに、その間実家には寝泊まりはしませんでした。姉は母の遺体自体は気にならなかったものの、大きな家で独りで過ごすのはやはり酷く寂しく、また線香を絶やしてはいけない決まりなので、その煙と暮らすのが喉や眼を傷めて辛かったそうです。 

おまけに、弔問客が突然訪ねて来るかも知れないからと、弟から始終実家を離れないように言われた為、姉は自分の食事用の買い物にさえ行けずに大変不便に過ごしていたようです。そして私が実家に到着して告別式も終わった時、流石に弔問客が来る事も最早ないだろうからと(実際には何人かいらっしゃったが)、姉と二人でお昼御飯を外で食べに出る事にしました。姉も私も母を失って気落ちしていない訳がないので、少しでもてっとり早く自分達を癒す為には、美味しい物を食べるのに限る!と思ったからです。

行先は、三春町のイタリアン「CAFEアルバロ」。11時の開店と同時に行き、数量限定早い物勝ちのコスパ最強(プラス350円)の季節のサラダ&ミニドルチェ・セットを二人共注文しました。やっぱり、どのお料理も見た目が洗練されて美しく盛り付けされ、新鮮な素材が生きていて美味しいのです。

メインはピザとパスタを一つずつ注文し、二人で分ける事にしました。まずピザは、「チーズと大葉のしょうゆマヨ」。ここのお料理には大葉が良く使われていますが、イタリアンに全く違和感無く合うし、特にピザとはチーズをさっぱりさせてくれるので、最後まで飽きずに美味しく頂ける効果抜群です。ぱりぱり香ばしいピザ皮も美味。 

パスタは、「スモーク・サーモンのクリーム・パスタ」を選択。塩気の利いたスモーク・サーモンと、クリーム・ソースのバランスが正に丁度良い塩梅です。

このお店には、2年前に父が入院した際に、母を何度か連れて来ました。母はピザを始め洋食が大好きでしたが、父が洋食は好きじゃないので、余り食べる機会がなかったのです。

これはその時のお料理。特別メニューのホタテの貝柱と青海苔のパスタでした。クリーム味の青海苔がこんなにパスタに合うなんて!と、唸りたくなる美味しさでした。

この日のドルチェは、バスチーと桜のアイスクリームでした。やはり、どれを食べてもハズレ無し。この時は三春で一番賑わう桜の開花時期まで後もう少しと言う季節で、結局母は桜を待つことなく逝ってしまいました。