2026/07/17

ヴィクトリア時代の首相の館ヒューエンデン・マナー 2

 

昨年の夏、夫婦でヴィクトリア時代を代表する首相Benjamin Disraeli ベンジャミン・ディズレーリの邸宅Hughendenヒューエンデンを初めて訪れ、内部を見学した後は、建物の外観や周囲の庭園を見て回ります。

NT(ナショナルトラスト)が所有するこの場所は、我が家からも日帰りで十分行け、NT会員なら無料で入場出来るのに、何故今まで訪れようとも思わなかったかと言えば、正直NTの建物には私の興味をそそる物が少ないからです。

 

歴史的に、または建築物や内装の様式が興味深ければ別ですが、単に有り余る財力を見せ付ける豪華絢爛邸宅には今は憧れも湧きません。調度品のファイン・アートにも、生憎今は余り興味がなく。建物の内部見学には、要予約だったり曜日や時間制限があったりと、面倒臭い事も上げられます。

しかしコロナでNT訪問だけでなく外出がままならなかった時、NTの場所は食わず嫌いせず出来るだけ行ってみるべきだったと後悔しました。  

実際に訪れると色々学習出来る事は多いのですが、屋内は一度見学すれば十分と言う気もします。  

NTの中で何度も訪れたくなるのは、やはり庭園が魅力的な場所です。

ヴィクトリア時代のお屋敷らしく、館の南側のテラスには見事な形式的庭園が築かれています。


これだけ広い敷地の上、完璧に手入れされています。 


ギリシャ風の彫像が立ち並ぶようなフォーマル・ガーデンって、確かにヴィクトリア時代&寄り古い豪邸にとっては抜群に絵になるものの、庭としては正直余り惹かれません。庶民の庭造りには、まるで参考にならないもんで。

しかし、英国のお屋敷の敷地らしく、形式的庭園だけでなく、キッチン・ガーデン(菜園)や果樹園もあります。  

こちらの方が、返って私には魅力的に見えました。 

また、菜園の脇のかつて厩だった建物は、NTの定番で今はカフェや売店になっています。暑い日だったので、ここでアイスクリームを食べました。

立地自体は、風光明媚なChiltern Hills チルターン丘陵の中に在ります。

敷地の中の大木に、大きな鳥が留まっているのに気付きました。ここ近年どんどん増えて来ているred kite 赤鳶です。白と赤褐色の羽根のコントラストが美しい、見応えのある大型の猛禽類です。それ故に剝製にする為に乱獲が進み、赤鳶は一時イングランドとスコットランドでは絶滅しました。

ウェールズでのみ僅かに生き残り、それを地道に保護し続けた結果、今では再びイギリス全土で普通に見掛けるようになりました。高速道路を走行中に上空を悠々と飛んでいる姿をしょっちゅう目撃しますが、留まっているのをじっくり観察出来るのは初めてでした。この近くに、巣が在るのだと思います。

館内部はやはり一度見学すれば十分で、ここは庭園も単に散歩を楽しむのには良いと言った程度でした。しかし初めての場所は気持ちが新鮮になるので、今後も未だ行った事のないNTを積極的に訪れようと思います。 




2026/07/16

ヴィクトリア時代の首相の館ヒューエンデン・マナー 1

 

昨年の今頃、夫婦でバッキンガムシャーのNT(ナショナルトラスト)の歴史的な屋敷Hughendenヒューエンデンを初めて訪れました。ヒューエンデンは、マナーと呼ばれるからには元は荘園館が存在した場所だったようですが、ヴィクトリア時代の英国首相Benjamin Disraeli ベンジャミン・ディズレーリの邸宅として知られています。

NTが所有・管理する歴代首相の邸宅としては、第二次世界大戦時の首相チャーチルの館Chartwell チャートウェルが有名で、チャーチル自身の圧倒的な知名度と首都ロンドンから近い事で根強い人気です。しかし正直ディズレーリの事は、ヴィクトリア女王に寵愛された首相だと言う事以外はほとんど知りませんでした。 

チャートウェルには私も何度も足を運んだものの、ヒューエンデンにも我が家から日帰りで十分行けるのに、今まで行こうとも考えませんでした。

ディズレーリはヴィクトリア朝を代表する政治家で、ヴィクトリア女王を戴冠時から見守っており、その後未亡人となった女王の愛人ではないかと噂される程、女王からの信頼が厚い超お気に入りの首相だったようです。 

実際に、女王も度々このヒューエンデンを訪れました。 

内部では、ヴィクトリア時代の上流階級の邸宅の様子を、ほぼ当時のまま見学出来ます。まず印象に残るのは、一族先祖の肖像画や彫像が多数掲げてある事です。 

また、忠誠を誓うヴィクトリア女王の肖像画も、至る所に飾られています。

ディズレーリは著名な小説家の息子で、ロンドンに生まれ裕福な家庭で貴族然と育てられたものの、苗字から想像出来る通り(Disraeli=イスラエルの意味)ユダヤ人でした。 

上の写真の頭像とは同一人物とは思えない若い頃のディズレーリ

当時はユダヤ人に対しての社会的な制約や不利が大きかった為、少年時代に家族ごとキリスト教(英国国教会)に改宗します。とは言うものの本当に建前だけの改宗で、教会の礼拝に通う訳でもなく、実際ディズレーリは生涯ユダヤ人である事を誇りに思い続け、そのアイデンティティを失わなかったそうです。

自身も小説家として名を成し、ヒューエンデンには夥しい数の蔵書が残っています。しかし実は学校にはロクに通った事がなく、若い頃は事業に失敗して借金塗れとなったり、作品を酷評されたり、中々議員に当選出来なかったりと、最初から順風満帆な人生と言う訳ではなかったようです。

ところが、物書きでもあったように言語力に優れ話術が巧みで、更に共感性にも長け聞き上手だった事から、女性(特に年上の裕福な未亡人!)の心を掴む才能に恵まれていた事が、彼を人生の勝ち組へと導きます。

35歳の時に12歳年上のメアリー・アンと結婚しますが、彼女は元々は先輩政治家である盟友の妻でした。その夫と死別したメアリー・アンを慰める為に足繫く通っている内にたちまち恋仲になり、一応世間体を気にしてか一周忌を待って結婚したそうです。彼女もまた、一風変わった女性だったようです。

当時彼女は夫の莫大な遺産を受け継いでいて、一方ディズレーリは多額の借金を抱えていた為、当然金目当ての結婚と噂されました。が、夫婦仲は意外にも生涯非常に円満で、メアリー・アンは夫を献身的に支え続けました。 

ここは夫婦の寝室だったと思われる部屋で、統一された色合いのセンスの良さと、贅沢でもすっきりした居心地の良さが感じられます。右手の暖炉の上には、ヴィクトリア女王と夫君アルバート公の肖像画が。

ディズレーリは最終的には保守党の党首に登り詰め、首相としては二期就任します。ユダヤ人出身の首相としては今でも英国唯一で、また貴族出身ではない無学歴の首相も異例でした。この館は、他の貴族出の保守党議員と肩を並べる為に、つまり政治家としてのステイタスの為のカントリー・ハウスとして購入しました。

彼の首相としての最大の功績は、スエズ運河の買収と、英領インド帝国を成立させ女王が望む女帝の称号を贈った事。今となっては賛否の分かれる所ですが、帝国主義を推し進め英国の繁栄を築きました。 

もう一人のヴィクトリア時代の代表的な政治家、敵対する自由党の党首&首相となるWilliam Gladstone ウィリアム・グラッドストンとは始終ライバル関係で、性格も水と油で正反対だったようです。幼稚な喧嘩や嫌がらせも繰り返したようで、…まあ今も昔も政治家って奴は。

この館で最も印象的だった展示物は、ディズレーリが財務大臣時代に着用していた、金色の刺繍が施された黒い絹のダマスク織りの公式ローブ。紫外線に寄る劣化を避ける為にか、余りに室内が暗くて写真に良く写らなかった為、年表の説明書きの写真を利用しました。

このローブが忘れ難いのは、単に装飾が非常に凝っていて美しいからだけではありません。

これは本来歴代の財務大臣が着用するローブで、次の財相に就任する政敵グラッドストンに返還しなくてはなりませんでした。が、ディズレーリはそれを丸無視してグラッドストンに渡さず、自宅に隠し続けた(おいおい💦)為に今こうしてヒューエンデンに展示されている訳です。 

 

ディズレーリには子供がいなかった為、死後ヒューエンデンは甥に相続され、その甥に寄って多少室内の模様替えをされています。 

その甥の死後には他家に売却され、1955年にNTに託されます。 

このヒューエンデンのもう一つの顔が、第二次世界大戦中の秘密基地として利用された事です。コードネーム「Hillside ヒルサイド」と呼ばれ、空爆用の地図を作成する拠点として最大級の国家機密の場所でした。 

その事はあえて戦後も隠された続けたのか、それとも必要無くなったから公表されないまま忘れ去られたのか、21世紀になって一般人に発見されるまで公に知られる事はありませんでした。 

最終的に初代Earl of Beaconsfield ビーコンズフィールド伯爵の爵位を得たベンジャミン・ディズレーリは、本来ならウェスタミンスター寺院で国葬&埋葬されるのに相応しい程の成功を収めた人物でしたが、先に亡くなった愛妻メアリー・アンと共に、ヒューエンデンの麓の村の教会に眠っています。