2026/10/06

クローランドの修道院 1

 

昨年の十月に夫婦で、リンカンシャーの南端の町Crowland クローランドの英国唯一の川無し橋、トリニティ橋を見学に訪れましたが、我が家からかなり遠いこの場所に、わざわざ橋だけを見に出掛けた訳ではありません。この町には見応えのある修道院が残っている事を、予め調べて知っていたからです。

修道院は、橋からすぐ東側に在ります。修道院と言っても、例に寄って16世紀にヘンリー八世の修道院解散法で強制解散させられた為、その一部が教区教会として残っています。 

その為イギリスでは数多くの修道院の廃墟や遺跡を見る事が出来る訳ですが、ここは現役の教会と同じ位の大きさの廃墟部分が、正に豪快に隣り合っている眺めがドラマティックで圧巻!

このCrowland Abbey クローランド(大)修道院は、聖母マリア、聖バルトロメオ、聖グスラックに捧げられています。その中でもGuthlac グスラック(グトラックやガスラックとも)は、ここならではの聖人です。

グスラックは、7~8世紀のアングロ・サクソン時代の、元はマーシア王国の王家の血を引く優秀な戦士でしたが、戦いに嫌気がしてこの地に住み付き修道生活を始め、地域貢献と厳格な信仰を貫いた隠者でした。この修道院には、Guthlac Rollと呼ばれる彼の生涯を描いた12世紀の絵巻写本が残っています。

グスラックの助力で王位に付く事が出来たマーシア国のエゼルバルド王は、8世紀初頭にグスラックを称えて彼の庵の在ったこの場所に、死後ベネディクト会の修道院を創建しました。

言い伝えに寄れば、グスラックは湿地の中で島状になった古墳に住んでいたらしいので、この場所が古墳だったと言う事なのでしょうか?? 

その後、デンマーク軍の破壊や火災等に遭い、現在残っている建物は主に12世紀に再築された初期ゴシック様式です。典型的なゴシックの特徴で、西側ファサードには凡そ等身大の精巧な彫像が壁龕(ニッチ、壁の窪み)に残ってずらりと並んでいます。この内のどれかが、グスラック像のはずです。  

西ファサードから入り口を潜ると、身廊だった場所に出ます。右手の現在の教会の身廊として使われているのは、元々は北側廊だったそうです。

19世紀末に描かれた絵画では、昔はこの部分も墓地として使用されていたようです。東端の低い壁は、かつて内陣障壁だった部分です。

つまりこの先に、教会堂の本殿とも言える内陣が在った訳ですが、今は遺跡すら無く墓地になっています。

このノルマン様式の特徴を残すアーチの梁部分なんて、良くこれだけで残っているなと思えますが、多分近代の技術で何か補強している事を祈る。 

元は床が低かったのか、柱の礎石は地面より一段低い場所に立っています。

残された廃墟からだけも、さぞかし荘厳なゴシック建築であったであろう事が想像出来ます。




 

 

 


2026/10/05

アール・デコ調フリンジ・ラインストーンのブローチ

 

八月のフリーマーケットで、小さなビンテージ・ブローチを買いました。縦4×横2㎝位で、最初はクリップ式イヤリングの片割れかと勘違いしたようなボリュームです。

その上ラインストーンの色は無色透明だけで地味めですが、揺れる連爪のフリンジが中々魅力的だと思いました。 

実際にこれがイヤリングで、両の耳朶で揺れると、アクセサリーとしてもっと素敵だったかもと想像します。

本当にアール・デコ時代の製造かどうかは分かりませんが、デザイン的にはアール・デコ調です。

中心の一つだけ大きなドロップ型のラインストーンが、透明度が低く余り綺麗に見えないのは残念。これは、ラインストーン自体の裏フォイルが濁っているからのようです。





2026/10/04

英国唯一の川無し橋の町クローランド


昨年インスタグラムを眺めていたら、イギリス人のアカウントで「イギリスで唯一つの歴史的な川無し橋」と言うのが紹介されていて、俄然興味を持ちました。すぐに地図で調べ、丁度昨年の今頃の十月に夫婦で尋ねてみる事にしました。場所は、リンカンシャー南端のCrowland クローランドと言う町。日帰りでも十分行ける場所だろうと思っていましたが、実際には考えていたよりずっと遠く、その手前の大聖堂都市Peterborough ピーターバラまで辿り付くのさえ相当時間が掛かりました。今国中のあちこちで新しく住宅地が大開発されていて、それに伴い道路も造成され工事中だったり、未だナビに登録されていなかったりしたせいでもあります。

このリンカンシャーの南東部、ケンブリッジシャーの北部、ノーフォークの西部は、概ね平坦なイングランドの中でも特に海抜が低く標高差が無いので知られ、the Fen フェンと呼ばれる低湿地帯が続いています。今は干拓され、大抵は農作地や牧草地になっています。クローランドも、そんな真っ平な土地に在ります。かつては海岸線がもっと近く、フェンに囲まれた島状態だったようです。

これがその目当ての川無しの石橋で、町のド真ん中に鎮座する為すぐに見付かります。

Trinity Bridge 三位一体橋や the Triangular Bridge 三角橋と呼ばれ、その名の通り三差路に分かれる所も珍しい橋です。日本語では、トリニティ橋と記載される事が多いようです。

最初は階段で登った後にスロープになるアーチ状の橋で、つまり日本の御太鼓橋のように弓なりに沿っています。しかし、この階段が過激に急な上、経年でかなり擦り減って傾いて歪んでいる事もあり、昇り降りするのが怖い程です。 

特に西側階段は梯子のように急で、最下部が既に自動車道だし、降りる時にうっかり躓いて転落でもしたら、高確率で道路に転げ出て車に轢かれる可能性大。

もっとも今は橋の下を潜れるのだから、この階段をわざわざ登り降りする人は観光客以外は居ないと思います。

 現在橋の真下に残っているのは、かつての柱の礎石とかなんでしょうか。

一瞬横切って橋の下を潜って歩く子供のTシャツの柄を見たら…SAKAMOTO DAYSでした。

こんな貴重な建造物の直ぐ脇を、保護する柵も何も無く、車が結構なスピードでどんどん通過するのがまた恐怖。ここは幹線道路で更に十字路交差点なのに、直進するはずの道路が橋の存在のせいで不自然に曲がっている為、いかにも激突し易そうになっています。しかも、イギリスは運転が乱暴なドライバーが多く、あらゆる物が破壊されているのを見掛けるのだから尚更です。

実際橋には、こんなサインが掲げてあります。1913~1931年と記されているので、今でも有効かどうかは分かりませんが、現在の法律でも罰せされるのは確実なはずです。でももしぶつけるドライバーが居たら、…まず当て逃げするでしょうね。

こちらは東側。何故川無し橋なのかと言えば、昔はこの下をRiver Welland ウェランド川が流れていたのに、17世紀に流路の変更で橋だけが取り残されたからです。現在のウェランド川は、ここから1㎞以上離れた西を流れています。そう言う場合は普通は橋は取り壊されるはずですが、この橋はアーチ状で地上から浮き上がっていた為に生き残る事が出来たのかも知れません。

こちらは北側。川無し橋は、イギリス国内ではここだけな上、ヨーロッパでも非常に珍しいらしく、他に二例あるのみだとか。…そう言えば、福島県の三春町にも川無し橋ってあるなあ。

現在の石橋が築造されたのは14世紀後半で、ベネディクト会の修道士達に寄って架けられたと言われています。それよりずっと昔の8世紀のアングロ・サクソン時代にも、King Æthelbald of Mercia マーシア王国のエゼルバルド王に寄って、同じ場所に木橋が架けられていた記録が残っているそうです。

歴史的にだけでなく建築工学的にも貴重で、 3つの尖頭アーチが三角形に組み合わさった極めて珍しい構造を持っています。

こちら南側。橋が三方向に分かれているのは、かつてこの場所が、近くの修道院へ流れる水路との合流地点だったからのようです。 

橋の上からは、勿論町を見渡せます。これは、目抜き通りのNorth Street。規模的には村に近いのですが、飲食店は多めで観光には人気のようです。  

あちこちに茅葺屋根の家も残っていて、雰囲気の良い町なのが分かります。 

南側の登り口脇には、まるで日本の路上の地蔵尊のように、古い石像が佇んでいるのが一際印象的です。

これがモアイ像のように顔が異様にデカくて長い原始的な造形で、しかも風化し過ぎて崩れて不気味。エゼルバルド王か、キリストを表していとも言われています。

修道院から移築されたとも考えられ、川が無くなった後も、長い間人々と車の往来をじっと見詰めて来た、半端ない歴史の重みを物語っている存在感が強烈な石像です。