2026/07/21

紫陽花の朝


今月の初旬、我が家の紫陽花が咲き揃いました。北側の前庭の地植えの紫陽花はすっかり大株に育ち、今年も沢山の花を付けました。

 

日本では梅雨時期の花と言うイメージの強い紫陽花ですが、夏が然程暑くない(…とも言ってられなくなって来たが)ここイギリスでは、盛夏から秋に掛けて咲き続ける花期の長い花です。 

そのように花期が長い上、微妙にグラデーションになった繊細な花色が魅力的で、咲き終わって花色が茶系に変わった様子も、秋には紅葉も、更にすっかり色褪せてドライフラワーになった姿も楽しませてくれます。 

ただし我が家では、次の年も花付きを良くする為、また挿し木で増やす為に、秋口には大きく剪定します。 

日陰でも逞しく育ち、水さえ切らさなければ世話は大して掛かりません。実はイギリスでは、バラに匹敵する程庭価値の高い植物なのでは?とさえ思っています。

そんな魅力的な花なのに、花色が土壌のPHに寄って変化する事から、花言葉は「移り気」「浮気」とマイナスなイメージです(…とはあんまりだと考える人も多かったのか、今はポジティブな花言葉も与えられています)。そう言う事を一々気にする人には、贈るのには不向きかも知れません。  

英語ではhydrangea(ギリシャ語の「水の器」が語源)と呼ばれる通り、水を沢山必要とする植物なのは確かですが、今こちらでは一カ月も雨の全く降らないカラカラ天気が続いている為、水の確保が大変です。

地植えは兎も角、鉢植えの紫陽花は絶対に水を切らさないように気を付けています。地植えでも、他の家の陽当たりの良い前庭に植えられている紫陽花は、萎れ始めているのをあちこちで見掛けました。

紫陽花では青花が断然好きですが、やはりイギリスでも青が一番人気らしく、真っ先に売り切れてしまいます。

そこで、ピンク色の紫陽花を青くしようと色々試みましたが、単に土壌を酸性にするだけでなく、根にアルミニウムを吸収させるのが重要だそうで、そのアルミ分がイギリスの土壌の多くには元々含まれていないらしく、わざわざ専用薬剤を買って来て与えないといけないのだとか。 

タンクに貯めてあった雨水が切れてしまった今は水道水を与えている為、尚更紫陽花を青くするのは無理そうです。イギリス南部の水道水は石灰分が多く、アルカリ性なのです。 

しかし、このピンクと言うか赤紫の紫陽花も、シックで中々捨てたもんじゃない美しさだと改めて思いました。自分の庭から切り出しているので、たっぷり好きなだけ背景に使う事が出来ます。

ただし、紫陽花の切り花は、蕊のカス?か何かがバラバラと大量に落ちて来るのは厄介です。また、大小の蜘蛛も実は何匹か付いて来まして…、撮影中にモモコの頭の上を歩いていたのを発見した時には、流石に焦りました。

紫陽花をイメージしたドール服は、青系、緑系、紫系の混じった色合いのチュール地のキャミドレスにしました。

キャミに利用した生地は、実は20年以上昔に買った、当時良く愛用していたL’est Roseと言うブランドの福袋に入っていたキャミソールでした。 

今丁度日本でヴェストやビスチェ風に重ね着するのが流行っているチュール・キャミですが、これは生憎重ね着する程の大きさの余裕はなく、元々私にぴったり気味で、今時風に着こなす事は出来ませんでした。

しかし、まるでモネとか印象派の絵画のような、チュール地としては中々手に入らない不思議な色合いの生地だから、今まで捨てずに取って置きました。 

端の始末も既にしてあり、ストラップもそのままドール用に使えた為、期待通りドール服に再利用するのには最適でした。 

キャミドレスが青っぽいから、背景の紫陽花が紫系なのは、色が丸被りしなくて返って良かったかも知れません。

 

 

 

2026/07/20

マルチ・カラーのラインストーンのネックレス

 

フリーマーケットで買った、古いジュエリー・ボックスに入ったジャンク・ビンテージ・ジュエリーの詰め合わせで、最初に目に留まって欲しくなったネックレスとはこれの事です。

ドロップ型のシラー入り青味掛かった乳白ガラスのカボション、ピンクのマーキス型カボションが目を引く、意外と今まで出会った事のなかったタイプのネックレスで惹かれました。

ピンク色のマーキス型は、オープン・バック式になっています。

 買った時点では、石が欠けていたり連爪が千切れていたり、引き輪やカニカン等の留め具が無かったりと壊れていた訳ですが、何せ安かったし、家で何とか直せるかなあ?…と言う位に思いました。

が、これが予想以上に難しく、結構なストレスフルな作業でした。一番小さな連爪ラインストーンはマルチカラーな上に色の配列は不規則だから、欠けた石の補充は手持ちで何とかなる訳だったのに、中々嵌め込む事が出来なくて苦労しました。

そもそも外れにくいはずの爪留めの石が無くなっている言うのは、爪自体が折れたりして破損している場合が多いのです。何度か挑戦しても補充が固定されず、結局最後は接着剤で貼り付けました。

また、連爪の端のチェーン・エンドのループも無くなっていたので、引き輪等の留め具を取り付けられませんでした。どう工夫しても上手く行かない為、最終的にカシメを用意して無理矢理ペンチで開き、連爪の端の裏面に接着すると言う荒業に。カシメは銀色だし見栄えは良くありませんが、これで一応装着可能にはなりました。

どんなに安く手に入れた古物でも、また例え実際に着用する機会はなくとも、こうして出会って購入したからには、せめてゴミではない状態には戻して上げたいと基本的には思っています。 

 

 

 


2026/07/19

チルターン丘陵のクーム・ヒル

 

昨年の七月、夫婦でヴィクトリア時代の英国首相ディズレーリの邸宅Hughenden ヒューエンデンを見学した後は、未だ日没までには相当時間が残っていたので、しばし風光明媚なChiltern Hills チルターン丘陵をドライブした後、その中の眺望地の一つCoombe Hill クーム・ヒルに立ち寄ってみる事にしました。

幹線道路から車がすれ違えない程細い山道をくねくねと登り、こんな不便な場所に良く住んでいるなと思える(失礼)集落を通過し、更にこの先に最寄り駐車場が在るとは到底思えなさそうな急な坂道を下ると、やっとお目当ての駐車場を見付けました。 

ここは自然保護区になっており、またNT(ナショナルトラスト)の管理なので、会員なら無料で駐車出来ますが、さもなくばこんな山奥でさえ結構な駐車料金を払わなくてはなりません。ここから眺望地までは徒歩20分程だそうで、しばらくはこんな森の中の遊歩道を通って行きました。

見晴らしの良い場所は、割とすぐに所々見えて来ました。 

しかし! 日差しを遮る木々に覆われていない開けた場所は暑い! この時期は日没時間がとんでもなく遅いものだから、午後五時位でも未だ暑さのピークなのです。 

イギリスの夏の気温や湿度は、日本に比べたらまるで大した事なく思えますが、それらに余り関係なく、この時期の日差しの強さ自体は大差ない位に強く、暑さも同じ位に厳し~く感じます。日陰に入ると、実際の気温の低さに驚く程です。太陽光は赤道に近い程強いはずですが、イギリスや北欧のように緯度の高い場所でも、極度に乾燥している夏期は、太陽高度が高く日照時間が長い事もあり、日差しがヒリヒリと非常に強く感じられるそうです。

ここが本日の最終目的地の、クーム・ヒルの頂上。

ここで否応無しに目に入る背の高い建造物は、イギリスの眺望地に建てられる事が多い戦没者慰霊碑、または戦争記念碑です。小高い丘の上なら麓の遠くからでも目に入りますし、鎮魂には見晴らしの良い場所が持って来いと考えられて、建てる場所に選ばれるのかも知れません。

しかしこの戦争記念碑は、イギリスに数多い戦争記念碑の中でも一際巨大で立派です。更に、イギリスで良く見掛ける第一次と二次の世界大戦の物ではなく、実は「Boer War ボーア戦争」と呼ばれる19世紀末から20世紀初頭に二回勃発した、イギリスと南アフリカ周辺に入植していたオランダ系ボーア人との紛争を記念しています。

争いの背景には、新たに発見された金鉱やダイヤンモンド鉱等の地下資源を巡る支配権や、英国の帝国主義に寄る植民地拡大(ぶっちゃけ侵略と言う)がありました。 

この記念碑は、第二次ボーア戦争時にバッキンガムシャー州から出兵し戦死した、148名の兵士を慰霊する為に建てられたそうです。

記念碑の正面はこのようになっていますが、逆光なのと台部分に人が休んで居たので、しばらく撮影出来ませんでした。しかし、この人々は一向に去る気配がなかった為、結局構わず撮影しました。

ここからの展望は、確かに抜群です。チルターン丘陵は、ロンドンから北西方向の南西~北東に広がる、ベッドフォードシャー、ハートフォードシャー、バッキンガムシャー、オックスフォードシャーに跨がる丘陵地帯で、長さは約74km、幅は10数kmあります。 

白亜(チョーク)層からなるケスタ地形で、イングランド南部の丘陵地帯に良くあるように、片側のみが崖のような急斜面、もう一方は緩やかな傾斜になっています。この北西側が急斜面の方なので、眺望が良い訳です。 

展望地からは何かしらお屋敷が見えるのも、イギリスならでは。一体この国は、お屋敷と呼べる豪邸を建てられる&住む事が出来る程の財力を持つ人が、何人居るのでしょうか。

ここから南西に見える頂上に木々がほとんど生えていない丘は、かつて狼煙が立っていたらしく、Beacon Hillと呼ばれています。この丘には、中世の城跡(盛り土だけ)も残っているそうです。その背後には、Pulpit Hill Hillfortと言う鉄器時代の要塞遺跡が在ります。イングランドの小高い丘の上では先史時代の遺跡の発見される事が多く、クーム・ヒルの東には新石器~青銅器時代の古墳が在ります。 

左右に伸びる工事現場は、現在建設中のマンチャスターやバーミンガム~ロンドン(の手前)間を結ぶイギリスの高速鉄道HS2。この頂上へ到着する途中にも、その大掛かりな工事現場を何度か目撃しましたが、昨年の時点でも既に工事が大幅に遅れていました。この長閑な田園地帯がすぐに大きく様変わりする訳ですが、皮肉な事に経済的な利益は、この通過する地元にはほとんどありません。そして開通しても、私が利用する事は一度もなさそうです。

この丘の頂上で、泡が弾けるような不思議な音が聞こえると思ったら、この一帯で群生しているハリエニシダの種が、この暑さで急激に熟成して大量に弾け飛んでいる音でした~。

そしてこの場所には、実は沢山の牛が放し飼い。

ここへやって来た家族連れの中の小さな女の子が、牛を非常に怖がっていました。その子のお父さんが「大丈夫だよ。近付いてみなよ~」と促していましたが、P太に言わせれば「それは間違っている。例え敵意がなくとも牛のような巨大な動物に近付くのは危険だ」だそうで、実際に彼は牛に追い掛けられた(単に懐かれた)事があるそうです。しかし、もし接触されたり、またはフンを飛ばされたりしては確かに一大事です。

絶景の心地良い場所かと思いきや、どう見ても自然愛好者とは思えない地元民らしき若者がたむろっていて、大音量で安っぽい音楽を流していていたのは雰囲気台無しでした。 

我々が駐車場に戻る六時位でさえ、こんな街から離れた辺鄙な丘の上に、ガラと頭の悪そうな(差別w)若者が続々とやって来るのにすれ違いました。日本の田舎のやんきぃは、心霊スポットで肝試しをする位しか娯楽がないそうですが、ナイトクラブもですこも無いようなイギリスの田舎のやんきぃは、丘の上でRave 野外乱痴気騒ぎでもするのか?? 兎に角、こんなに人里離れた自然豊かな場所なのに、残念ながら治安は余り良くないようです。