2026/06/26

「Very」コラボ・リカちゃん第三弾

 

今回の帰国中、意外にも入手した新品のファッション・ドールは二体だけでした。しかし中古ドールなら、他にも何体か手に入れてイギリスに持って来ました。その中古ドールの内の一体が、数年前にファッション雑誌の「Very」とコラボレーションのリカちゃん人形です。

Very」コラボ・リカちゃんは、子供が小さい頃から実用的なファッション・センスを磨く為に開発された、また親も一緒に楽しめるよう、大人のリカ活者のセンスにも応えられるリアル・クローズを着用したリカちゃんで、これはその三弾目です。


正直Veryの雑誌は好みに合わなくて興味がないのですが、このリカちゃん人形自体は新品として購入して良いかもと思う位気に入っていました。

何通りか着回しが楽しめる、オリジナル・アウトフィットの花柄のツーピースも悪くありません。発売時は、これに銀色のチェーンのスマホ・ポシェットと頭に黒いベルベットのリボンが付属していました。 

このVeryリカちゃんのシリーズは、毎回お洒落なコーディネイト・ドレスセットも販売され、ドールのデフォ服とも合わせて着回しが利く工夫がいつも良くされています。

元は髪裾がカールで広がっていたと思うのですが、今はほぼ直毛になっています。 

何より、この背面にリボンの付いた黒ブーティが魅力的で、これを獲得したいが為にも買いたいと思っていた程でした。それが、ブーティだけでなくオリジナルのアウトフィットもほぼ揃った良好な状態で、HOBBY OFFで千円ちょっとで購入出来たのだからラッキーでした。 

このリカちゃんに新たに服を作るなら、今時流行りの少しエスニック風のマキシ丈ワンピースを…と考えていましたが、思ったよりずっと派手なワンピに仕上がってしまい、少しどころかガチ民族調に!

スカートそのもののボリュームが思い描いたよりも大袈裟になってしまい、まるでルネッサンスとか時代物のコスプレでもしているようにも見えます。

派手の原因となったウォール・ストライプ柄の布は、以前バービーにもスカートを作ったmakowerの生地。このメーカーの柄のデザインは相変わらず使い勝手が悪いのですが、この端布はこれで本当に使い切りました。

スカートも袖も思った以上に長く仕上がってしまった為、ボディはピュアニーモ・エモーションSに替えました。

しかし、ピュアニーモ2(「エモーション」と「フィール」の2種)の可動域を今だ良く把握しておらず、扱いにくくてポーズを取らせるのに苦労します。と言うか、果たしていつか慣れる日が来るんだろうか?? 

ドール用の夏バッグも、もっと増やさねば…と思いました。どんな夏の格好にも合わせ易いので、このバッグの出番が多いけれど、素材がバッグと似ているからって、持ち手が荷造り用麻紐ってのは流石にちょっとね💦

ところでこのリカちゃん、文句無しに我が家のリカちゃんの中では一番大人っぽいのでは?と思っています。

顔も心無しか、他の現在出回っている中国製廉価品リカちゃんより、若干細面でスッキリして見えます。 

と言うか、最早小学生には到底見えず、返ってデフォルト・ボディのままの方がそぐわず不自然で、デフォ・ボディが着こなせる服装をデザインするとなると、余計に難しいかもと思える程です。多分今後も、このリカちゃんにはデフォよりちょい背の高い可動式ボディを使う事になりそうです。 




2026/06/25

ウェセックスの古都ドーチェスター


 

昨年の今頃、前から訪れたかったオックスフォードシャーのDorchester ドーチェスターと言う村に在る修道院を見学し、その後は村の中も散策しました。車で通って来た時から、古都に相応しい古い建物が並ぶ素敵な村だと思っていました。

正式には「Dorchester-on-Thamesテームズ川沿いのドーチェスター」と言います。今は小さな村ですが、かつてはサクソン時代の王国Wessex ウェセックスの首都でした。

ん?ウェセックスの首都はWinchester ウィンチェスターじゃなかったのか?と思いましたが、確かに政治や宗教の中心は概ねウィンチェスターだったものの、当時は、特にアルフレッド大王の治世以降は、首都と呼ばれる都市が王国内に幾つか存在したのだそうです。このドーチェスターを始め, かつてHamwicと呼ばれていた港町Southamptonと、ドーセット州北西のSherborneがそれでした。

日本でも、ほぼ時代が重なる奈良・飛鳥時代に何度もあちこち遷都していた事、また飛鳥時代に宮が置かれた政治の中心地が現在の明日香村である事を考えると、少し納得が行くかも知れません。

因みにドーセット州の州都も同名のドーチェスターですが、単なる偶然の一致で両者には全く関係はないとの事。ただし、「~chester」が付く地名であるからには、どちらも古代ローマ時代から続く町()ではあります。

ここで、凄く大雑把にアングロ・サクソン時代についてザクッとおさらいします。紀元五世紀に入ってすぐに、本国の衰退に伴い(西)ローマ帝国がブリテン島の支配権を放棄し撤退すると、入れ替わるように現在の北ドイツやデンマーク周辺からゲルマン系のアングル人、サクソン人、ジュート人等がブリテン島に入植の為に渡って来ました。

先住民であるケルト系のブリトン人と戦って土地を奪った場合だけでなく、平和的に交渉・契約して定住した場合もあるらしく、詳しくは未だ解明されていない部分も多いようです。 


ゲルマン人やブリトン人は最初は各部族に寄る小国群を形成していましたが、七世紀頃には、アングル人はイングランド北部にノーサンブリア王国、中部にマーシア王国、東部にイースト・アングリア王国を建国して統治し、サクソン人は南東部にエセックス(東サクソン)王国、南部にサセックス(南サクソン)王国、西部にウェセックス(西サクソン)王国を、ジュート人は現在のほぼ現在のケント州にケント王国を築きました。未だ小さな属国や衛星国は残れど、その時代は七王国時代と呼ばれました。

それらの国々は争い侵略・支配・併合・吸収を繰り返す内、次第にウェセックスが台頭し、ヴァイキングの度重なる来襲やデンマーク王国の支配を乗り越え、最終的にはウェセックスがイングランド(アングル人の土地と言う意味)王国を名乗るようになりました。

現在もイングランドの主要民族は一般的にアングロ・サクソン人であると言われ、現代英語はアングロ・サクソン語を礎として発展して来ました。そのイングランドのハロルド二世1066年にノルマンディーからのウィリアム征服王に敗れるまで、アングロ・サクソン時代は続きました。

この家には、外壁にケルト十字架のようなモチーフが装飾されています。オーストリアのようなカソリックの国なら、民家の外壁に聖母マリア像が嵌め込まれていたり、日本の地蔵や野仏のように路上のあちこちにキリスト教の祠が祀ってありましたが、イギリスでは戦争慰霊碑等の十字架以外は、街中でとんと見掛けないので意外でした。

こちらの家の外壁に掲げられているのは、昔修道院教会の鐘楼で使われていた木材です。かつては村の多くの面積を修道院が占めていたでしょうし、今でも修道院教会は村人の生活に大きく関わっているようです。 

まるでティー・コジ―のような典型的な田舎家の白い漆喰壁に、蔓バラは文句無しに絵になります。やはりイギリスの家並みを眺めるのは、バラの季節が最高です。

茅葺屋根の家は、この村では多く見掛けました。川沿いだと氾濫原の湿地帯で茅が育つので、材料を調達し易いからかも知れません。 

この木組みの家は、外壁のレンガがヘリンボーン型に組まれていて目を引きます。 

いつも思う事ですが、もしこう言う村で、前庭を花いっぱいにせず不要家具等で山積みにしていると、村八分とまでは行かなくとも、やはり文句を言われるのだろうか??

正直歴史の重みは特に感じられませんでしたが、親切なおじいさんにも出会って、歩くのが心地良い村ではありました。本当に毎度ながら、単に民家を眺めて公道を歩いただけ。だからこそ景観そのものの魅力が重要ですし、日本と違って買い物や食べ歩きはまるで期待出来ないので、少しでも歴史や建築の基礎知識、または植物や野鳥の名前の一つでも憶えた方が、ここイギリスでは寄り散歩を楽しめるのです。




2026/06/24

三春産のブルーベリーのキャンディ「ベリーちゃん飴」

 

二年前の父の告別式の際、葬儀場の待合室に自由に食べて良い個別包装の飴玉がボウルに入って置かれていて、その中に三春町産のブルーベリーを利用したキャンディがありました。何気無しに食べてみて、…「なんじゃこりゃあ」と思う程のブルーベリーの濃さに驚きました。

余りの美味しさに名残り惜しく、今年帰省してみて何処で買えるんだろう?と思っていたら、モンベル三春店近くの「三春の里田園生活館」で売っていると弟が教えてくれました。 

「過足(よぎあし)ブルーベリーの丘」が生産しているブルーベリーを使用した、商品名を「ベリーちゃん飴」と言います。 「キャンディ」と謳わないところが、返ってイイ。

見た目は、本当に地味な普通の飴玉。色も、天然のブルーベリーまんまの為に青味は余りなく、どちらかと言えばドス黒く、ブルーベリーだと言われなければ気付かない程です。

しかし、味はブルーベリーそのもの。いや、生のベリーは正直それ程美味しい物ではないので、ブルーベリー・ジャムとかソースとか一番美味しい状態を飴で固めたような味です。ブルーベリーが小さな粒状になっているせいか、舌触りはザラッとして来ます。一般的な市販品のブルーベリー味って、人工香料が勝り過ぎたりしますが、これは素材の風味を損なわず、酸味と甘味のバランスも良好。

三春町や隣の田村市一帯は、かつては葉タバコの産地でした。しかし喫煙に寄る健康への被害の意識が広がるにつれ、喫煙人口の減少に伴い、当然葉タバコの需要もどんどん減って行き、葉タバコ農家は他の農作物に転換せざるを得ませんでした。その中の一つがブルーベリーで、酸性土壌や準高冷地の気候が生育に適していたようです。今ではブルーベリー狩りも出来るブルーベリー農園が、幾つか三春町内に在ります。