2026/08/22

サクステッドでの夕食

 

二年前の八月、突然の思い付きでエセックス州の古い市場町Thaxted サクステッドに立ち寄った為、帰宅が予定より大分遅くなってしまいました。そこで、突如この町で夕食を済ませてから帰る事にしました。何度も言いますが、イギリスでは外食が日本の23倍は料金が掛かる為、誕生日等のイベントでもない限り、また確実に美味しいと思える店以外は滅多にしません。しかしこんな雰囲気の良い歴史的な町では、多分大丈夫であろうと思えたのです。

我々が選んだお店は、教区教会の向かいに立つ、恐らく町一番の老舗旅籠兼パブの「The Swan  白鳥亭」。


新しく快適に改装されていますが、黒光りする木組みの柱や梁に非常に年季が入っていて、元は相当古い建物である事が伺えます。

サクステッドは観光に人気の町のようで、また夏休み中だった事もあり店内は賑わっていました。宿泊客の多くも、丁度ここで夕食を取っていました。

まず前菜として、定番のマッシュルームのフライのタルタル・ソース付きのフライを二人でシェアしました。パン粉が非常に細かく油切れが比較的良い為、ヨーロッパの揚げ物は大抵カラッとしていて余り重くありません。

メインとしては、私は鮭のソテー+ホランデーズ・ソースとポーチド・エッグ付きを注文しました。贅沢で繊細なマヨネーズとも言えるホランディーズ・ソースも鮭には定番で、私も家で作りますが、前にも書いた通り、ポーチド・エッグを自分で作り美味しいタイミングで食べるのが、家ではかなり難しいのです。

そもそも、ほぼ卵黄ソースのホランディーズに、更に卵を添えるなんて、普通は家庭では考えません。でもエッグ・ベネディクトにあるように、やっぱりこの組み合わせは溜まらないんだよなあ。

一方P太は、ペストのリゾット乗せスズキのソテーと言う、他のパブでは見た事のない料理を選びました。ペストとはバジルとナッツとチーズを磨り潰したソースで、すなわちジェノベーゼです。香り高い濃厚なリゾットと、香ばしく焼き上げた淡泊な魚の組み合わせは抜群で、おまけにホタテの貝柱が乗っています。 

しかし! ここ数年の流行で盛り付けに付いて来る生の豆苗は、やはり美味しくないんだよ…。パセリの代わりで、単なる彩と思っているのかも知れませんが。

更に、デザートも頼んで二人でシェアしました。ニューヨーク風(レア・タイプ)のチーズ・ケーキはイギリスのパブのデザートに良くあるメニューですが、ここのはスコットランドのバター・ビスケット、ショートブレッドが台になっているのが少し変わっています。 

そして、パブのデザートであるパイやプディングには、大抵アイスクリームか無糖生クリームを添えるのを選べますが、私達は必ず生クリームを選びます。デザート自体がガッツリ甘く、それに更にアイスクリームを添えては、甘ったる過ぎて食べ進めなくなってしまう可能性が高いからです。


ここのチーズケーキには、バターたっぷりのショートブレッドが添えられているから尚更です。選択は正解で、量も二人で丁度良く美味しく頂けました。

食べ物はどれも美味しく雰囲気も良く、いつもながら我々の飲食店を見る目に狂いはないと自負しています()。 

もしこの後帰宅してから夕食を作るとなると、空腹過ぎてやはり大変だったら、この日の突然の外食は有難く思えました。また、この季節の日没時間自体はかなり遅いので、夏に暗くなるまで外出している事は余りないから(宿泊しない限り)、黄昏時の古い街並みを眺める事が出来たのも稀な機会で、良い思い出になりました。




2026/08/21

桂由美ちゃん人形


今年亡くなった母は、結局料理は生涯まるで駄目でしたが、裁縫は戦前生まれの女性としては人並みの腕前を持っていました。型紙とかが無くても結構一通り作れたようで、つまり現代人にしてみれば相当出来た訳です。独身時代は既製服が高く田舎で種類も少なかったから自分の洋服等も作っていたそうだし、私が生まれる前の姉が幼児だった頃には抱き人形の着替えを縫って上げた事もあり、また私達姉妹のネグリジェを縫ってくれた事もありました(余りに時間が掛かり過ぎて、仕上がった時には私達は成長して、既につんつるてんになっていたが…)

それで母が定年退職した後、時間はたっぷり出来たのだから、私にドールの着物を縫ってくれと、原寸大型紙の付属した日本ヴォーグ社の「わたしのドールブック3 ゆかたと着物」の本と、モデル用にジェニーのお友達人形を一体渡し託しました。

 
ところが、いつまで経ってもドールの着物が仕上がる事はありませんでした。帰省する度に、またはビデオチャットで話す時に、母は度々「未だお人形の着物作れないの。ごめんね~」とは言っていたので、長く忘れずに気には掛けていたようです。しかしそれを言うばかりが何年も続き、とうとう5,6年位過ぎた辺りで、この人が着物を完成させる事は決してないと分かり、結局自分でドールの着物作りに挑戦する事にしました。

それで今回母の遺品を整理処分している時、あの人形と本は今でも何処か仕舞ってあるはずだと思ってはいましたが、母のアトリエの畳式のチェストの中から発掘されました。

暗い場所に仕舞われていたせいか、もう二十年以上経っている割に人形は良い状態でした。一緒に作り掛けの縮緬のドール用着物も出て来て、挑戦しようと試みてはいたようです。確かにこのヴォーグ社の本は本格的過ぎて、今自分が見ても参考にはなるものの難易度は高いとは思います。もし当時ちまちょこさんの「ゆかたの本」があり、それを母に上げていたら、母でも完成出来たのかも知れません。それとも「本を見ながら説明に沿って作る」と言う行為が、母の脳の構造上は難し過ぎて無理だったのかも、とも思います。 

その時私が着物モデルとして選んで母に渡したのは、元々着物を着た仕様で発売された「桂由美ちゃん」と言う名前のドールでした。そう、あのブライダル・ファッションデザイナーの桂由美のプロデュースです。タカラ社(現タカラトミー)で製造しており日本製で、ボディや仕様はジェニーと同じ。しかしウェディング・ドレスではなく振袖を着ていた訳で、その着物が桂由美デザインとも思えず、一体どのようにコラボだったのかは知りませんでした。

が、今突き止めた事には、実際に桂由美がアウトフィットをデザインした「きもの」と言うシリーズで、他にもジェニーを始め何人かのフレンズが桂由美の着物を着用して販売され、その中で桂由美ちゃんドールはデザイナー本人がモデルだそうです。…えっそうなの?? 頭にターバン巻いてないから、気付きませんでした~。

当時のファッション・ドールとしては未だ珍しかった(日本でさえ)漆黒の直毛で、凛とした瞳にキリッと赤い唇を持った、正に和装にぴったりのドールです。この唇が、他のジェニフレと比べても小さ目で、言わばおちょぼ口なのが特徴。また鮮やかな紫色の瞳も、割と珍しいと思いました。

 

このアイプリントは今眺めると驚きの繊細さで、現代の中国産タカラトミー製は勿論、今はキャッスル製でさえ作れないクウォリティなのではと思えます。

元は前髪ぱつーんで重過ぎ、折角のアイプリントが陰になって見えなくなってしまう為、少しだけギザギザにカットしました。パッケージの写真には透かし前髪になって撮影されていましたが、実物をそうするのは無理でした。 

しかし余りにも着物向き過ぎるドールで、確かに正統派な和装はばっちり似合うものの、ハズシや冒険心のある今時の着こなしは返って難しそうです。

結局このドールには、まずはやっぱり着物を着せる以外は考えられませんでしたが、夏だから浴衣にしました。例え大振袖を作って着せたとしても、デフォルト服とイメージが余り変わらなくて面白くなかっただろうとは思います。しかし浴衣に適した和柄の布の持ち合わせが無くて、以前山小屋風チャリティショップで購入した、全幅×3m位の長さがある生地を利用しました。

ダンガリーのようなナチュラルな薄い水色地に、正直ショボい花柄が渋い色合いでプリントされています。多分ビンテージと呼べる程古い布ですが、残念ながら古臭いだけでレトロっぽさはありません。布地の薄さと柄の細かさは、ドール服に適しています。和風ではありませんが、しっとりはんなり感は十分感じられ、加えて織り地も密過ぎず涼しげで、浴衣には合うだろうと思いました。

確かに浴衣に仕立てるのには似合う生地なのですが、…思った通り相当地味で、まるでおばーちゃんの寝巻っぽい! ここは帯や装飾で、若々しさと華やかさを加えなくては思いました。

作っている最中は、帯は絶対鮮やかな赤だろうなと思っていましたが、色々合わせて見て、鮮やかじゃなくても強い色の帯なら合うと実感しました。どちらかと言うと、帯の布の柄や装飾の方が決め手で、返って和柄の帯じゃない方が若々しく見えるようです。どちらにせよ、実際に合わせてみないと今だ分からない事だらけで、意外な組み合わせの映える所が和服の面白さだと改めて思いました。 

そしてこんな地味浴衣でも、それ程地味に見えずにしっくり着こなす桂由美ちゃんドールのポテンシャルが、何気にスゴイ。逆に、彼女には和服意外に似合う服装は一体あるんだろうか?とも考えます。

やはり髪はクセが付いちゃって、跳ね上がりが直らない箇所もあります。ファッション・ドールに良くある非現実的な異様に長い髪ではなく、普通のロングヘア―の長さなのは意外でした。しかしこの長さだと、1/6ドールの場合は扇形に広がってしまい勝ちなようです。

髪は元からハーフアップ風ちょんまげでしたが、発見時には経年でゴムは切れていました。その部分だけ、他の髪より長くなっています。この髪型は確かに和装には合いますが、奇妙に盛り上がって(多分私の結わい方のせい)頭の形が変に見えるし、今後は降ろした方が良いかもと思っています。 

私は子供の頃、母が姉には人形の洋服を縫って上げていたと言うのが羨ましくて仕方ありませんでした。しかし私が生まれた後は続けざまに弟が生まれた為、三人の子持ちとなり仕事も持ってた母が到底其処まで手が回らなったのは当然だと、子供心にも自分に言い聞かせて来ました。でもその羨ましさが成人しても残っていたからこそ、母にドールの着物を依頼したのですが、結局夢は叶いませんでした。その不満の分、自分で姪達に人形の服をせっせと縫いましたが、やはり自分の子供の頃の憧れを満たすのには至りませんでした。そう言う幼少時の遊び足りなさが残っている事もあり、今もドール遊びを続けているように思います。




2026/08/20

風車の丘の町サクステッド 1

 

 

二年前の八月、天気は一日中雨で出掛けるのには全く不向きだったけれど、どうしてもお出掛けしたくなった(主にP太が)日がありました。イギリスで庭園や自然歩きにも向かない天気の日のお出掛けとなると、私達にとっては目的地はアンティーク・モール巡り位しかありません。その上、雨で濡れるのがP太は猫並みに嫌い。そこで、店が棟続きなので、ほとんど歩かなくても済むSawbridgeworth ソウブリッジワースのアンティーク・モール巡りに出掛けました。この季節は未だ日が長かったから、残り時間でもう少しドライブしようと言う事になりました。


まず地図を広げ、眺めが良い道路と記されているB1051号線を、何の前情報も知らずに進んで行く事にしました。すると、丘の上に昔ながらの風車と教会の高い尖塔が見えて来たので、突然その町で停車する事に決めました。

Thaxted サクステッドと言う町で、古い木組みの家が並んでいます。町の中心には年季の入ったギルドホールが立ち、何度も言うけど、これが残っている町や村は歴史ある市場町な訳で、雰囲気が良いと言うお墨付きです。

このギルドホールは15世紀後期の築で、一階のピロティ部分では定期的に市場が開かれていたと思われます。今は博物館となり、時々内部公開しているそうです。

ギルドホールの立つハイストリート(目抜き通り)には、作曲家のギュスターヴ・ホルストの住んでいた家が残っています。彼は、ここに1917年から1925年まで暮らしていたそうです。またここは、「ハウルの動く城」の原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズの育った町でもあります。

イギリスの古い小さな町や村には返ってある事で、中心を交通量の結構多い幹線道路が通過するのが落ち着きませんが(大きな町や市の方がパイパスが通っている)、確かに素敵な家並みの町です。

兎に角、ここに到着する前に目撃した風車を目指そうと言う事になりました。私もP太も、どうも風車や灯台は無視出来ません。

風車へ行くには、ギルドホールの左脇の小路を通って行きます。

この小路には、特に素敵な古い田舎家が並んでいました。 

この家なんて、長年に渡って増改築を重ねたのか、かなり複雑な構造になっています。

ここはエセックス州ですが、サフォーク州の特色のピンク色の外壁の家を幾つか見掛けました。 

こちらの家の外壁は、サフォーク・ピンクの上にパージェティング装飾。おまけに、屋根の上には赤い竜が乗っています。

教区教会の脇も通過します。現在の町の規模にしては大きい立派な教会で、かつてかなり栄えた土地であった歴史を物語っています。

教会の側の一際目を引く、まるで御伽噺に登場するような一階建て(英語ではバンガローと言う)テラス・ハウスは、実は古い町には残っている事が多い元Almshouse 救貧院。恐らく、教会の司祭様が建てたのでないかと思います。しかし、こんな茅葺屋根の田舎家タイプは初めて見ました。 

向かい合う救貧院の合間に風車が見え、ポストカードになるような典型的なエセックスの風景と言われています。

風車に近付いて来ました。その足元には、多分教会の墓地が満杯になってしまった為に近年設けられたらしい新しい墓地が。

まるでこの直ぐ下に死体が埋まっているかのように、何故丁度人体の大きさ位に盛り土するんでしょうね。

風車には、羽根の裏手から近付けるようになっています。 

この風車はJohn Webb's Millと呼ばれ、19世紀初頭に建てられました。


今は稼働していませんが、時折イベント時等に公開実演されるようです。

また公開時には、カフェも開設されるとか。

イングランドの中でも特に平坦で標高差の少ないイースト・アングリアですが、風車は風当たりの強い周囲で一番高い場所に建てられる事が多く、ここからの眺めも中々でした。

中心部に戻り、ギルドホールの右手の教会に通じる小路は、石畳が残り更に素敵でした。

ギルドホールの隣(と言うか繋がっている)には、またしてもパージェティングの家。ここイースト・アングリア地方では、本当に多く見掛けます。

その隣の木組みの家が、また迫力。もしかしたら、前出の複雑怪奇に繋ぎ合わせたような家の表面かも。

少し中心から離れた場所には、茅葺屋根の消防署が。 

最初は日照時間が許す限り単に景勝道路を通過するだけのつもりでしたが、思わず立ち寄らずには居られない程、こんな生憎の天気でさえ十分魅力的に見えたサクステッドでした。