昨年の七月、夫婦でヴィクトリア時代の英国首相ディズレーリの邸宅Hughenden ヒューエンデンを見学した後は、未だ日没までには相当時間が残っていたので、しばし風光明媚なChiltern Hills チルターン丘陵をドライブした後、その中の眺望地の一つCoombe Hill クーム・ヒルに立ち寄ってみる事にしました。
幹線道路から車がすれ違えない程細い山道をくねくねと登り、こんな不便な場所に良く住んでいるなと思える(失礼)集落を通過し、更にこの先に最寄り駐車場が在るとは到底思えなさそうな急な坂道を下ると、やっとお目当ての駐車場を見付けました。
ここは自然保護区になっており、またNT(ナショナルトラスト)の管理なので、会員なら無料で駐車出来ますが、さもなくばこんな山奥でさえ結構な駐車料金を払わなくてはなりません。ここから眺望地までは徒歩20分程だそうで、しばらくはこんな森の中の遊歩道を通って行きました。
見晴らしの良い場所は、割とすぐに所々見えて来ました。
しかし! 日差しを遮る木々に覆われていない開けた場所は暑い! この時期は日没時間がとんでもなく遅いものだから、午後五時位でも未だ暑さのピークなのです。
イギリスの夏の気温や湿度は、日本に比べたらまるで大した事なく思えますが、それらに余り関係なく、この時期の日差しの強さ自体は大差ない位に強く、暑さも同じ位に厳し~く感じます。日陰に入ると、実際の気温の低さに驚く程です。太陽光は赤道に近い程強いはずですが、イギリスや北欧のように緯度の高い場所でも、極度に乾燥している夏期は、太陽高度が高く日照時間が長い事もあり、日差しがヒリヒリと非常に強く感じられるそうです。
ここが本日の最終目的地の、クーム・ヒルの頂上。
ここで否応無しに目に入る背の高い建造物は、イギリスの眺望地に建てられる事が多い戦没者慰霊碑、または戦争記念碑です。小高い丘の上なら麓の遠くからでも目に入りますし、鎮魂には見晴らしの良い場所が持って来いと考えられて、建てる場所に選ばれるのかも知れません。
しかしこの戦争記念碑は、イギリスに数多い戦争記念碑の中でも一際巨大で立派です。更に、イギリスで良く見掛ける第一次と二次の世界大戦の物ではなく、実は「Boer War ボーア戦争」と呼ばれる19世紀末から20世紀初頭に二回勃発した、イギリスと南アフリカ周辺に入植していたオランダ系ボーア人との紛争を記念しています。
争いの背景には、新たに発見された金鉱やダイヤンモンド鉱等の地下資源を巡る支配権や、英国の帝国主義に寄る植民地拡大(ぶっちゃけ侵略と言う)がありました。
この記念碑は、第二次ボーア戦争時にバッキンガムシャー州から出兵し戦死した、148名の兵士を慰霊する為に建てられたそうです。
記念碑の正面はこのようになっていますが、逆光なのと台部分に人が休んで居たので、しばらく撮影出来ませんでした。しかし、この人々は一向に去る気配がなかった為、結局構わず撮影しました。
ここからの展望は、確かに抜群です。チルターン丘陵は、ロンドンから北西方向の南西~北東に広がる、ベッドフォードシャー、ハートフォードシャー、バッキンガムシャー、オックスフォードシャーに跨がる丘陵地帯で、長さは約74km、幅は10数kmあります。
白亜(チョーク)層からなるケスタ地形で、イングランド南部の丘陵地帯に良くあるように、片側のみが崖のような急斜面、もう一方は緩やかな傾斜になっています。この北西側が急斜面の方なので、眺望が良い訳です。
展望地からは何かしらお屋敷が見えるのも、イギリスならでは。一体この国は、お屋敷と呼べる豪邸を建てられる&住む事が出来る程の財力を持つ人が、何人居るのでしょうか。ここから南西に見える頂上に木々がほとんど生えていない丘は、かつて狼煙が立っていたらしく、Beacon Hillと呼ばれています。この丘には、中世の城跡(盛り土だけ)も残っているそうです。その背後には、Pulpit Hill Hillfortと言う鉄器時代の要塞遺跡が在ります。イングランドの小高い丘の上では先史時代の遺跡の発見される事が多く、クーム・ヒルの東には新石器~青銅器時代の古墳が在ります。
左右に伸びる工事現場は、現在建設中のマンチャスターやバーミンガム~ロンドン(の手前)間を結ぶイギリスの高速鉄道HS2。この頂上へ到着する途中にも、その大掛かりな工事現場を何度か目撃しましたが、昨年の時点でも既に工事が大幅に遅れていました。この長閑な田園地帯がすぐに大きく様変わりする訳ですが、皮肉な事に経済的な利益は、この通過する地元にはほとんどありません。そして開通しても、私が利用する事は一度もなさそうです。
この丘の頂上で、泡が弾けるような不思議な音が聞こえると思ったら、この一帯で群生しているハリエニシダの種が、この暑さで急激に熟成して大量に弾け飛んでいる音でした~。
そしてこの場所には、実は沢山の牛が放し飼い。
ここへやって来た家族連れの中の小さな女の子が、牛を非常に怖がっていました。その子のお父さんが「大丈夫だよ。近付いてみなよ~」と促していましたが、P太に言わせれば「それは間違っている。例え敵意がなくとも牛のような巨大な動物に近付くのは危険だ」だそうで、実際に彼は牛に追い掛けられた(単に懐かれた)事があるそうです。しかし、もし接触されたり、またはフンを飛ばされたりしては確かに一大事です。
絶景の心地良い場所かと思いきや、どう見ても自然愛好者とは思えない地元民らしき若者がたむろっていて、大音量で安っぽい音楽を流していていたのは雰囲気台無しでした。
我々が駐車場に戻る六時位でさえ、こんな街から離れた辺鄙な丘の上に、ガラと頭の悪そうな(差別w)若者が続々とやって来るのにすれ違いました。日本の田舎のやんきぃは、心霊スポットで肝試しをする位しか娯楽がないそうですが、ナイトクラブもですこも無いようなイギリスの田舎のやんきぃは、丘の上でRave 野外乱痴気騒ぎでもするのか?? 兎に角、こんなに人里離れた自然豊かな場所なのに、残念ながら治安は余り良くないようです。