2026/08/24

風車の丘の町サクステッド 2

 

 

二年前の八月に、全くの気まぐれで唐突にエセックス州のThaxted サクステッドと言う古い市場町を訪れ、天気が悪い日だったのにも関わらず、興味深い建築物や街並みの良さに魅了されました。それで昨年の八月の快晴の日に、再び訪れて見る事にしました。

前回も今回も町の無料駐車場に車を停めましたが、その脇にあるチャリティショップは開いていた事がありません。外に置かれて雨晒しにされているのは、商品なのか、それとも寄付品と称して打ち捨てられたゴミなのか…? 

やはりイギリスの風景は、さんさんと陽の光が当たってこそ絵になります。 

町の中心に在る15世紀築の白い漆喰壁のギルドホールも、青空に映えて見えます。上階へ行く程床面積の広い建物なのが、インパクト強し。ドイツなんかだと、昔は一階の床面積で納める税金の額が決まったらしく、出来るだけ安く抑える為に時折こう言う建築物が残っています。

そしてこの日は実際に一階のピロティ部分で、出店数は4,5軒なものの骨董市が開催されていました。

更にこの日は、ギルドホールの内部が無料公開されていました。八月末の公休月曜日のある週末な上に快晴で、夏休み最後の絶好の観光日和だったからだと思います。

興味深い建築物の様子が観察出来るだけでなく、町の歴史の博物館にもなっています。

今では産業が跡形もなく残っていませんが、実はサクステッドは中世にはカトラリー製造の英国の中心地だったそうです。イギリスの料理自体は伝統的にアレですけど、何故かカトラリーには非常に拘る文化で、肉料理用と魚料理用をわざわざ分ける等、やたら種類だけは増やして複雑化させていました。

また、イースト・アングリアだけに羊毛産業も盛んで、毛織物もこの町の重要な産業であったようです。このギルドホールは、それら職人や商人達の協会や商会所でした。 

この部屋のかつて暖炉だった部分には、このギルドホールをミニチュア化したドール・ハウスが飾られています。 

建物を再現するだけでも大変なのに、内装も隅々まで拘って作られています。


左から2,3番目の人物二人がやけにリアルに作られている、…と思ったら、他の来館者がガラスに写り込んでいるだけでした~。偶然、丁度縮小率がどんぴしゃりで…。 

この町に住んでいた事のある作曲家のホルストについてや、地元で発掘された考古学品等も展示されています。サクステッドは中世に繁栄しただけでなく、元々古代ローマ時代の道上に発展した居住区が元になっていて、ここではそれ以前の新石器時代や青銅器時代の痕跡も発見されています。 

このドアの形、非常に歪んで全く長方形でもなければ平行四辺形でもないのが、写真でも分かりますか?

アンティーク&コレクタブルズとして人気の高い、ムーアクラフトの絵皿も。

ギルドホール内部の見学を終え、この並びの一軒で料理用リンゴを無料で配っていたので、一袋頂いて来ました。

一年前に夕食を食べて美味しかった、老舗旅籠兼パブの「The Swan 白鳥亭」の昼間の姿。

教区教会脇の独特なアルムズハウスは、生憎この時間は逆光になってしまいました。中央に見える風車には、唯一通じている遊歩道が結構長いので、今回は行きませんでした。 


パージェティング建築は、やはり多く見掛けます。右隣の水色の壁もパージェティングです。


窓枠の下に、ちょこんとブタさんのレリーフ。もしかしてこの家がかつて肉屋だったからとか、それとも単に豚は富の象徴だからなのか。

風見鶏ならぬ風見猫の乗った家。猫がシルエットだけの風見なら市販されていますが、これは御手製のようで良い味が出ています。

再びギルドホールの前に戻って来ると…、ややっ、この紅白の衣装の人達は、モーリス・ダンサーズではないか。

実はサクステッドは、伝統的にモーリス・ダンスでも有名な町なのだそうです。中々ダンス自体は始まらず、名残惜しくこの町を去りました。

…が、車で再びこの前を通る時に、やっとダンスが始まっていました。いつも思うのですが、モーリス・ダンスの女性の衣装は素敵。

左端の男性、めっちゃ高く垂直飛びしています!


ここの教区教会の墓地ではこんな墓石も見掛け、この墓に眠る主はモーリス・ダンスに捧げる人生だったんだな…としみじみ思いました。




2026/08/23

トパーズ系ラインストーンの花型ブローチ

 

六月のArdingly アーディングリーのアンティーク・フェアでは、このビンテージ・ブローチも買いました。

花型と言うかバースト型と言うか、点対称の配置になっています。点対称型はやはり安定が良く、使い勝手が良いので重宝します。ラウンド型だけでなく、細長いマーキス型のラインストーンも使用している所が、ちょっとシャープなアクセントに。中央には、ラインストーンではなくラウンド型のビーズが嵌め込まれています。

色味は落ち着いたトパーズ色系で纏めてありますが、中央近くのみAB加工のラインストーンを使用して、少しだけ華やかさが加わっています。

実はマーキス型の一つの石が無くなっていて、形も大きさも全く違うラウンド型の石が三つ無理矢理枠に詰め込まれています。色味だけはあっていて、遠目には割と気にならないのが意外で、結構上手く誤魔化したもんだと思いました。少なくとも、枠が空いたままになっているよりは目立ちません。

形が同じでも色が明らかに異なるラインストーンで補充するより、場合に寄っては色味を優先にした方が良い時もある、と考える機会を与えてくれました。



 

2026/08/22

サクステッドでの夕食

 

二年前の八月、突然の思い付きでエセックス州の古い市場町Thaxted サクステッドに立ち寄った為、帰宅が予定より大分遅くなってしまいました。そこで、突如この町で夕食を済ませてから帰る事にしました。何度も言いますが、イギリスでは外食が日本の23倍は料金が掛かる為、誕生日等のイベントでもない限り、また確実に美味しいと思える店以外は滅多にしません。しかしこんな雰囲気の良い歴史的な町では、多分大丈夫であろうと思えたのです。

我々が選んだお店は、教区教会の向かいに立つ、恐らく町一番の老舗旅籠兼パブの「The Swan  白鳥亭」。


新しく快適に改装されていますが、黒光りする木組みの柱や梁に非常に年季が入っていて、元は相当古い建物である事が伺えます。

サクステッドは観光に人気の町のようで、また夏休み中だった事もあり店内は賑わっていました。宿泊客の多くも、丁度ここで夕食を取っていました。

まず前菜として、定番のマッシュルームのフライのタルタル・ソース付きのフライを二人でシェアしました。パン粉が非常に細かく油切れが比較的良い為、ヨーロッパの揚げ物は大抵カラッとしていて余り重くありません。

メインとしては、私は鮭のソテー+ホランデーズ・ソースとポーチド・エッグ付きを注文しました。贅沢で繊細なマヨネーズとも言えるホランディーズ・ソースも鮭には定番で、私も家で作りますが、前にも書いた通り、ポーチド・エッグを自分で作り美味しいタイミングで食べるのが、家ではかなり難しいのです。

そもそも、ほぼ卵黄ソースのホランディーズに、更に卵を添えるなんて、普通は家庭では考えません。でもエッグ・ベネディクトにあるように、やっぱりこの組み合わせは溜まらないんだよなあ。

一方P太は、ペストのリゾット乗せスズキのソテーと言う、他のパブでは見た事のない料理を選びました。ペストとはバジルとナッツとチーズを磨り潰したソースで、すなわちジェノベーゼです。香り高い濃厚なリゾットと、香ばしく焼き上げた淡泊な魚の組み合わせは抜群で、おまけにホタテの貝柱が乗っています。 

しかし! ここ数年の流行で盛り付けに付いて来る生の豆苗は、やはり美味しくないんだよ…。パセリの代わりで、単なる彩と思っているのかも知れませんが。

更に、デザートも頼んで二人でシェアしました。ニューヨーク風(レア・タイプ)のチーズ・ケーキはイギリスのパブのデザートに良くあるメニューですが、ここのはスコットランドのバター・ビスケット、ショートブレッドが台になっているのが少し変わっています。 

そして、パブのデザートであるパイやプディングには、大抵アイスクリームか無糖生クリームを添えるのを選べますが、私達は必ず生クリームを選びます。デザート自体がガッツリ甘く、それに更にアイスクリームを添えては、甘ったる過ぎて食べ進めなくなってしまう可能性が高いからです。


ここのチーズケーキには、バターたっぷりのショートブレッドが添えられているから尚更です。選択は正解で、量も二人で丁度良く美味しく頂けました。

食べ物はどれも美味しく雰囲気も良く、いつもながら我々の飲食店を見る目に狂いはないと自負しています()。 

もしこの後帰宅してから夕食を作るとなると、空腹過ぎてやはり大変だったら、この日の突然の外食は有難く思えました。また、この季節の日没時間自体はかなり遅いので、夏に暗くなるまで外出している事は余りないから(宿泊しない限り)、黄昏時の古い街並みを眺める事が出来たのも稀な機会で、良い思い出になりました。




2026/08/21

桂由美ちゃん人形


今年亡くなった母は、結局料理は生涯まるで駄目でしたが、裁縫は戦前生まれの女性としては人並みの腕前を持っていました。型紙とかが無くても結構一通り作れたようで、つまり現代人にしてみれば相当出来た訳です。独身時代は既製服が高く田舎で種類も少なかったから自分の洋服等も作っていたそうだし、私が生まれる前の姉が幼児だった頃には抱き人形の着替えを縫って上げた事もあり、また私達姉妹のネグリジェを縫ってくれた事もありました(余りに時間が掛かり過ぎて、仕上がった時には私達は成長して、既につんつるてんになっていたが…)

それで母が定年退職した後、時間はたっぷり出来たのだから、私にドールの着物を縫ってくれと、原寸大型紙の付属した日本ヴォーグ社の「わたしのドールブック3 ゆかたと着物」の本と、モデル用にジェニーのお友達人形を一体渡し託しました。

 
ところが、いつまで経ってもドールの着物が仕上がる事はありませんでした。帰省する度に、またはビデオチャットで話す時に、母は度々「未だお人形の着物作れないの。ごめんね~」とは言っていたので、長く忘れずに気には掛けていたようです。しかしそれを言うばかりが何年も続き、とうとう5,6年位過ぎた辺りで、この人が着物を完成させる事は決してないと分かり、結局自分でドールの着物作りに挑戦する事にしました。

それで今回母の遺品を整理処分している時、あの人形と本は今でも何処か仕舞ってあるはずだと思ってはいましたが、母のアトリエの畳式のチェストの中から発掘されました。

暗い場所に仕舞われていたせいか、もう二十年以上経っている割に人形は良い状態でした。一緒に作り掛けの縮緬のドール用着物も出て来て、挑戦しようと試みてはいたようです。確かにこのヴォーグ社の本は本格的過ぎて、今自分が見ても参考にはなるものの難易度は高いとは思います。もし当時ちまちょこさんの「ゆかたの本」があり、それを母に上げていたら、母でも完成出来たのかも知れません。それとも「本を見ながら説明に沿って作る」と言う行為が、母の脳の構造上は難し過ぎて無理だったのかも、とも思います。 

その時私が着物モデルとして選んで母に渡したのは、元々着物を着た仕様で発売された「桂由美ちゃん」と言う名前のドールでした。そう、あのブライダル・ファッションデザイナーの桂由美のプロデュースです。タカラ社(現タカラトミー)で製造しており日本製で、ボディや仕様はジェニーと同じ。しかしウェディング・ドレスではなく振袖を着ていた訳で、その着物が桂由美デザインとも思えず、一体どのようにコラボだったのかは知りませんでした。

が、今突き止めた事には、実際に桂由美がアウトフィットをデザインした「きもの」と言うシリーズで、他にもジェニーを始め何人かのフレンズが桂由美の着物を着用して販売され、その中で桂由美ちゃんドールはデザイナー本人がモデルだそうです。…えっそうなの?? 頭にターバン巻いてないから、気付きませんでした~。

当時のファッション・ドールとしては未だ珍しかった(日本でさえ)漆黒の直毛で、凛とした瞳にキリッと赤い唇を持った、正に和装にぴったりのドールです。この唇が、他のジェニフレと比べても小さ目で、言わばおちょぼ口なのが特徴。また鮮やかな紫色の瞳も、割と珍しいと思いました。

 

このアイプリントは今眺めると驚きの繊細さで、現代の中国産タカラトミー製は勿論、今はキャッスル製でさえ作れないクウォリティなのではと思えます。

元は前髪ぱつーんで重過ぎ、折角のアイプリントが陰になって見えなくなってしまう為、少しだけギザギザにカットしました。パッケージの写真には透かし前髪になって撮影されていましたが、実物をそうするのは無理でした。 

しかし余りにも着物向き過ぎるドールで、確かに正統派な和装はばっちり似合うものの、ハズシや冒険心のある今時の着こなしは返って難しそうです。

結局このドールには、まずはやっぱり着物を着せる以外は考えられませんでしたが、夏だから浴衣にしました。例え大振袖を作って着せたとしても、デフォルト服とイメージが余り変わらなくて面白くなかっただろうとは思います。しかし浴衣に適した和柄の布の持ち合わせが無くて、以前山小屋風チャリティショップで購入した、全幅×3m位の長さがある生地を利用しました。

ダンガリーのようなナチュラルな薄い水色地に、正直ショボい花柄が渋い色合いでプリントされています。多分ビンテージと呼べる程古い布ですが、残念ながら古臭いだけでレトロっぽさはありません。布地の薄さと柄の細かさは、ドール服に適しています。和風ではありませんが、しっとりはんなり感は十分感じられ、加えて織り地も密過ぎず涼しげで、浴衣には合うだろうと思いました。

確かに浴衣に仕立てるのには似合う生地なのですが、…思った通り相当地味で、まるでおばーちゃんの寝巻っぽい! ここは帯や装飾で、若々しさと華やかさを加えなくては思いました。

作っている最中は、帯は絶対鮮やかな赤だろうなと思っていましたが、色々合わせて見て、鮮やかじゃなくても強い色の帯なら合うと実感しました。どちらかと言うと、帯の布の柄や装飾の方が決め手で、返って和柄の帯じゃない方が若々しく見えるようです。どちらにせよ、実際に合わせてみないと今だ分からない事だらけで、意外な組み合わせの映える所が和服の面白さだと改めて思いました。 

そしてこんな地味浴衣でも、それ程地味に見えずにしっくり着こなす桂由美ちゃんドールのポテンシャルが、何気にスゴイ。逆に、彼女には和服意外に似合う服装は一体あるんだろうか?とも考えます。

やはり髪はクセが付いちゃって、跳ね上がりが直らない箇所もあります。ファッション・ドールに良くある非現実的な異様に長い髪ではなく、普通のロングヘア―の長さなのは意外でした。しかしこの長さだと、1/6ドールの場合は扇形に広がってしまい勝ちなようです。

髪は元からハーフアップ風ちょんまげでしたが、発見時には経年でゴムは切れていました。その部分だけ、他の髪より長くなっています。この髪型は確かに和装には合いますが、奇妙に盛り上がって(多分私の結わい方のせい)頭の形が変に見えるし、今後は降ろした方が良いかもと思っています。 

私は子供の頃、母が姉には人形の洋服を縫って上げていたと言うのが羨ましくて仕方ありませんでした。しかし私が生まれた後は続けざまに弟が生まれた為、三人の子持ちとなり仕事も持ってた母が到底其処まで手が回らなったのは当然だと、子供心にも自分に言い聞かせて来ました。でもその羨ましさが成人しても残っていたからこそ、母にドールの着物を依頼したのですが、結局夢は叶いませんでした。その不満の分、自分で姪達に人形の服をせっせと縫いましたが、やはり自分の子供の頃の憧れを満たすのには至りませんでした。そう言う幼少時の遊び足りなさが残っている事もあり、今もドール遊びを続けているように思います。