2026/03/09

ハロルド王の眠るウォルサム修道院 1


昨年の私の誕生日には、ロンドンの北に位置する、前から一度訪れてみたかったWaltham Abbey ウォルサム(ウォーザンとも)・アビーに連れて行って貰いました。エセックス州の西端で、ロンドンの外環状線とも言える高速道路M25号線の真北に在り、我が家からは微妙に行き辛いのです。M25号線は環状な訳ですが、今まで完全に一周した事はなく、A1号線からM11号線へのICの間のウォルサム・アビーの在る部分は、通過した事すらありませんでした。

誕生日当日だったから日本の家族や友達からお祝いのメッセージが入っていましたが、ここはロンドンからそう遠くないのに関わらず、通信電波の状態が非常に悪くて、しばらく返信出来ずに居ました。P太の話に寄れば、どんな田舎でも高速インターネットが通じて携帯電話も問題無く通じるのは、今だ日本位なのだそうです。

ウォルサム「アビー=大修道院」が在るから町の名前になっている訳ですが、勿論その修道院が目当てです。と言っても、修道院は例に寄って16世紀に国王ヘンリー八世に寄って解散させられた為、今残っているのは修道院付属の教会と遺跡のみです。

ここが有名なのは、アングロ・サクソン時代の最後のイングランド国王、ハロルド二世の墓所が在るからです。このハロルド二世が、ノルマンディーからの来襲したギョーム公(後のウィリアム一世征服王)と、1066年にヘイスティングス近くのBattle バトルで対戦し敗死した為、サクソン時代は終結しノルマン時代が始まりました。

修道院教会は大聖堂規模の大きな見応えある教会建築の場合が多いのですが、ここの教会もそう見えました。実際にここは中世後期には巡礼地と栄え、イングランドで最も大きな教会の一つだったそうです。

正式名を「The Abbey Church of Waltham Holy Cross and St Lawrence ウォルサム聖十字架及び聖ローレンス(ラウレンティウス)大修道院教会」と言います。この聖十字架は、グラストンベリー近くで発掘された巨大な石製(火打石とも大理石とも)を牛車に引かせて運搬しようとした所、どうしてもこの地にしか進まない為に教会を建てたと言う伝説に因みます。町の名前も、かつてはWaltham Holy Crossだったそうです。

教会自体は7世紀に起源を持ち、8世紀に再建され、11世紀に王になる以前のハロルド自身に寄って再再建されました。その後ノルマン時代に四回目の改築、12世紀の五度目の改築の際にアウグスチノ会の修道院となりましたが、前途の通り16世紀に修道院解散法で解散させられた、イングランドの最後の大修道院だったそうです。この窓の周囲の石彫は、かなり後期の作のようで美しく出来ています。

しかし、ノルマン時代のプリミティブで不気味な好みの石彫も健在。 一体どんな宗教的理由で、こんな人を小馬鹿にした造形にしたんでしょうね?

東側の祭壇やアプス部分にバラ窓があるのは、教会建築として珍しいのではと思いました。

普通バラ窓は西側に設けられますが、この教会の西側は天井まで届く立派なパイプ・オルガンで塞がっています。 

ここの天井画は、古い物ではありませんが見所の一つです。寄木細工のようなタッチで十二星座が描かれ、制作に一年費やしたそうです。確かに見事…なんだけど眺めるのは大変で、写真もこの通り曲がってしまいました。

西洋の占星術はギリシャ神話を元にしていて、本来キリスト教と無関係なはずですが、キリスト教の教えとも被る!と結構こじ付けて(笑)、このデザインを選んだそうです。

祭壇の脇に、印象的な16世紀のeffigy エフィジー=墓標の彫像があります。前途の通りこの修道院はヘンリー八世に寄り解散され、その後家臣のアンソニー・デニーに渡り、彼はこの地に荘園館を建てました。これは、その息子エドワード・デニー夫妻の墓所だそうです。それにしても、この肘枕のポースどうなの?? 確かに普通のエフィジーのように棺桶に埋葬者の彫像を仰向けに乗せるタイプだと、顔や姿は良く見えないんですけど、死んで尚「私達を見て」と訴える凄まじい自己顕示欲を感じました。

こちらの16世紀のエフィジーも、肘枕横向き。少なくとも服装から16世紀だとはすぐ分かるし、当時のトレンドだったのかな。ノッティンガム産の雪花石膏出来ているそうです。この墓所の主は、悲劇の九日間女王ジェーン・グレイの従姉妹エリザベス・グレヴィル。彼女は前出のエドワード・デニーの恐らく早世した兄の妻だった為、ここに葬られているようです。 

身廊の南の狭い階段を登ると、教会建築としてはちょっと不思議な空間のThe Lady Chapel 聖母礼拝堂があり、東側の壁に私の大好物の中世の見事な壁画が残っていました。題材は「最後の審判」。

この事は予め調べていなかったので、予想外の嬉しい出会いでした。

中世と言っても末期の15世紀の作だから、明らかに画力が進歩して稚拙な不気味さは余りなく、ルネッサンス絵画に近く見えます。色彩も、比較的はっきりと残っています。 

しかし、この礼拝堂は教会の土産物売り場にもなっており、神聖な壁画とは不釣り合いな俗っぽさを放っていました。商品のラインアップも、修道士テディベアとかウォルサム修道院ぬりえでビミョーです。 

 期待した以上に、教会建築好き必見の見応えのあるウォルサム修道院でした。




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