昨年の今頃、P太が予め有休休暇を取っていた快晴の平日があり、やはりどうせなら今まで行った事のない場所へ出掛けようと、バッキンガムシャーのNT(ナショナルトラスト)の庭園Stowe ストウを目指す事にしました。ところが、後から別の方の記事でも読みましたが、この庭園は広大過ぎてナビが利かない上に道案内のサインが分かり辛く、到達するのがかなり難しいのです。P太も間違った一本道を進んでしまい、おまけに同じ敷地内の学校のイベントの参加者の車の渋滞にも巻き込まれ、かなり無駄足を取られてからNTの駐車場&出入り口にやっと辿り付きました。
専用駐車場に到着する前に否応無しに目に入った、入り口からは西側に立つCorinthian Archと言う迫力ある門を、まず最初に見学する事にしました。
まるでパリの凱旋門のミニ版のようで、これだけでも既に有り余る財力を見せ付けます。しかしこの庭園内には、こんな建造物が他にもゴロゴロ建っているのです。本来はここが、館へ向かう正門でした。
門は少し高台になった場所に立ち、北側の更に高い丘の上に立つ母屋である宮殿クラスのStowe House ストウ・ハウスが遥か遠くの真正面に見えます。
門から南へ振り返ると、一般道に面したもう一つの門が、遥か彼方に見えます。これだけでもとんでもない広さなのが実感出来ますが、ここの敷地は凡そ160ヘクタールで、TDRの約3.4倍と言われています。
この正門から、Bell Gate Driveと呼ばれる遊歩道をしばらくえっちら歩きます。
木々に囲まれた道を抜けると、Octagon Lakeと呼ばれる湖と、対岸の丘の上に聳え立つ館が見えます。
この庭園を歩くのには沢山のコースが用意されていますが、私達夫婦はOctagon LakeとEleven Acre Lakeの二つの東西に長い湖の周囲を、北岸の高台の館を目指しながら時計回りに歩く事にしました。
庭園内のあちこちに、こんなギリシャ風の神殿や記念碑が立っています。
Hermitage 隠れ家と呼ばれるボート小屋でさえ、石造りで立派な建物。
二つの湖を繋ぐCascadeと呼ばれる人工の滝で、この上は遺跡風の石橋になっています。
こちらはTemple of Venus ビーナスの神殿。
石膏製の銅像は凍結で破損し易い為、冬期は屋内に引っ込めて保管するようです。
湖畔の木々の一部は、既に紅葉が始まっていました。この時は昨年の九月ですが、イギリスでは樹木の種類に寄っては、八月から紅葉が徐々に進む事は珍しくはありません。しかし今年は異様な乾燥な為に、例年より更に紅葉が早く始まっているかも知れません。
「庭園なのに、花は一体何処なの??」とは、イギリス人の訪問者からも尋ねられるそうですが、ここは庭園は庭園でもlandscape garden 風景式(または景観式)庭園で、植物を楽しむbotanical gardenとは性格がまるで違います。
風景式庭園はイギリスで独自に発展した庭園スタイルで、それまでヨーロッパのお屋敷の庭園と言えば、幾何学的で対称の人工美を強調したフォーマル・ガーデンだったのに対し、あくまで自然のままの野山に近い美しさと人工物との調和を追求しており、日本庭園と共通する美意識があります。
ここは18世紀に当主Cobham コバム卿(後に子爵)の注文で、有名なランスロット「ケイパビリティ」ブラウンやその師匠のウィリアム・ケント等に寄って造園された、風景式庭園の最高傑作とか代名詞と呼ばれています。
何処を見ても、まるでターナーやコンスタブル、ゲインズボローの風景画のような眺めです(P太に言わせればチョコレート缶の蓋のよう)。絵になるように設計されているのですから、当然と言えば当然です。
絵になる風景造りの為なら、洞窟も作れば遺跡も「作り」ます。この記念碑の一番上に乗っているのは、ヴィクトリア女王の彫像。ストウ・ハウスと庭園には、今までその評判から沢山の著名人が訪れました。19世紀にこの場所を相続した第2代バッキンガム&シャンドス公爵は、自らの野望の為にヴィクトリア女王夫妻を招待し、ここへの行幸を実現しました。
しかしその僅か三日間の女王夫妻の滞在の為に、既に先代から莫大な借金を引き継いでいたのにも関わらず、館と庭園の修復、豪勢なもてなしの準備に更なる借金を重ねました。
ついに彼は世界最大の債務者となって破産し、借金踏み倒しの為に国外へ逃亡しました。…と言う話が、ここで一番印象に残っています。そりゃ幾ら大富豪でも、金を湯水のように使い続ければいつかはそうなりますし、これ程大金を費やした建築&造園なら、その後も維持・管理し続けるだけでも延々と莫大な費用が掛かる訳です。
どちらにせよ19世紀のイギリスでは、没落する貴族が多かったようです。産業革命に寄り、それまでの封建社会から経済体制自体も大きく変わり、それに対処出来なかった貴族が落ちぶれて行ったと思われます。その一方で、巨額の富を成した中産階級が、台頭して来る時代でもありました。この場所からそう遠くないWaddesdon Manor ワデスドン・マナーの当主が、没落貴族の売り払う美術骨董を収集するのには絶好の機会だった訳です。
同じくNTの風景式庭園で紅葉の名所として有名なStourhead ストウヘッドも、所有者が建築フェチで様々な建物を庭園内に建てましたが、ここの規模に比べれば可愛いもんだとさえ思いました。


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