2026/10/08

クローランドの修道院 2

 

昨年夫婦で訪れたリンカンシャー州南端の川無し橋で有名な町Crowland クローランドの、現役の教会と廃墟が隣り合った壮観な眺めのCrowland Abbey クローランド修道院で、続いて内部を見学します。


かつてベネディクト会の修道院として機能していた頃は、この身廊部分は単なる北側廊でしたが、今でも教区教会としては十分大き目です。

教会内では、地元の信者のボランティアの方々が熱心に説明して下さいました。この修道院を誇りに思っている事が、ひしひしと感じられました。

資料室もあり、タッチ・パネルも設置されていて自由に閲覧出来、更に知りたい情報を深堀り出来ます。 

四福音書紀者とキリスト一生を描いた、東側祭壇のステンド・グラス。この他にも、この修道院の開祖縁起とも言える聖グスラックの描かれたステンド・グラスもあります。 

天井の交差部分はルーフ・ボス(天井の突起装飾彫刻)で装飾されていて、その中の一つはGreenman グリーンマンなのが必見です。本来キリスト教とは無関係ですが、ロマネスク(ノルマン)やゴシックの教会の装飾には時々見られます。森林・樹木へのアニミズムの名残りだとも考えられ、こう言った原始宗教や民間信仰の要素を柔軟に(と言うか節操無く)残し取り入れたからこそ、キリスト教はヨーロッパ中に強く根付いたとも言えます。

クローランド修道院の鐘は美しい音色で有名で、1925年にイギリス国内だけでなく世界のラジオ放送史上初めて生放送された、調律された組鐘(旋律を奏でる鐘)として知られています。そもそも、986年頃にイギリスで最初に組鐘が設置された場所とも言われています。

 

再び屋外へ出ました。 

修道院の南側は、今は広大な墓地になっています。ここにはかつて、回廊や僧房を含む修道院の施設が立っていた場所でした。クローランド修道院は、中世にはこの地方で有数の裕福で大規模な修道院だったようです。 

南西部分の墓地は、イギリスには珍しく整列されており、比較的新しく造成されたのが分かります。ここには、世界大戦の戦没者墓地も含まれています。

この二つの墓碑には、ぱっと眺めただけで世の無常を感じる、遣る瀬無い気持ちになります。左は死産で生まれた赤子の物で、右はその一年後に恐らく同じ両親から生まれ、僅か五時間後に亡くなった赤ん坊の物だからです。


一方、教会と廃墟の東側は、古くからの墓地のようです。

古い墓標は、やはりイギリスらしく見事に傾いています。

この墓碑の辺りまで、かつては聖歌隊席があったと示すサインが立っています。

廃墟の西ファサード入り口の上部の四つ葉型レリーフを模写したらしい、興味深い墓標 


この修道院には、アングロ・サクソン時代のマーシア王国のオッファ王の娘で、後に聖女に列せされたエルフスリス(またはアルフレダ)姫の墓所もあるとされています。イースト・アングリアの若き王エセルレッド(エセルベルトまたはエドマンド)二世に、嫁にやると言って誘い出し処刑した際の囮に利用された姫君で、その後傷心の余り誰とも結婚せず、この修道院で生涯神に祈りを捧げる生活を送ったようです。

そして、修道院の廃墟入り口付近には、中世の石棺が並んでいました。

我が家からは遠く馴染みの薄い地域とは言え、今まで存在を知らなかったのが恥ずかしい程、見応えバッチリの修道院と川無し橋の在る町でした。


 

 

 

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