母の葬儀が無事終了し、姉が東京に帰った後も、私は実家に数日間一人残って、両親の遺品や自分の残していた持ち物の整理処分に明け暮れました。私の両親は買い物好きな上に整理整頓の能力は皆無だった為、実家は物で溢れてゴミ屋敷に近い非常に散らかった状態でした。居間等は弟夫婦が既に大方片付けていましたが、母のアトリエの片付けだけは、家族で唯一画材の知識が多少ある私が任されました。この12畳近くあるアトリエは、家の中でも特にカオスな状態でした。母は主に油絵や絵手紙を制作していましたが、それ以外にもありとあらゆる画材に気まぐれに手を出した為、広範囲に渡る画材が大量に発掘されました。中には高級な質の良いメーカー品も沢山混じっていましたが、小学生が買うような安物も捨てずに山のように残っていました。見事にほんのちょーっとだけ手を付けた同じような画材が次から次へと出て来て、その上真っ当に保管・管理する能力もなかったから、ほとんどの物は汚れて状態が悪く、チューブ状の絵具類の多くはガチガチに乾き切って捨てるしかありませんでした。一体母はどんな頭の中身をしていたのか、今となっては知りようがないし、例え生前に母に尋ねたところで恐らく本人も全然把握していなかった事でしょう。おまけに、母は物凄く所有欲だけは強かったのか、老人あるあるなのか、定規一本に至るまで全ての持ち物にでっかく名前と住所が記され、其処だけは異様にきっちりしていました。恐らく画材の価格が日本以上に高く付くイギリスなら、そんな中途半端に使われた名前が書かれた画材でも、フリマ等で売れるかチャリティショップが引き取ってくれたでしょうが、ここ日本の片田舎とあっては概ね処分するしかありませんでした。そんな中、とんでもなく古い画材も幾つか出て来ました。大抵は中身が揃っておらず、どう考えても自分も必要ないのですが、外箱のみは味わい深いから、せめて写真を撮ってから処分する事にしました。
この中でも、多分最古参と思われるさくら(※未だカタカナではない)クレパス。このパッケージは、私ですら記憶にありません。畳の上で撮影しているのは、アトリエに畳が張られた高床式のチェストが置いてあるからです。このチェストの中も、悲鳴を上げたくなる程カオスな状態でした。
太陽鉛筆は、現存する東京荒川区の老舗文具メーカー。明らかに手とカッターで削られた鉛筆が描かれている所に、時代の古さが感じられます。三菱鉛筆にも、当時良く似たパッケージの色鉛筆があったようです。 その三菱鉛筆は、今知った事には三菱財閥(三菱グループ)とは無関係だそうで、地味に驚いています。イギリスでも、uniとして良く知られています。
色鉛筆の箱の下部を別な小さな箱で隠しているのは、例の名前がでっかく書かれているからです。その隠している小さな箱のパラダイカラーとは、 布用の染料だったらしい。
80年代少女漫画風のキラキラした瞳のイラストの、トンボ製の色鉛筆。クマとウサギは、何故か首の縊れがない程太って描かれています。
芯だけで出来たソフト色鉛筆で、いわゆるサクラクーピーペンシルの類似品。 モチロン本家のクーピーそのものも、全て中途半端に使われた物が何箱も出て来ました。
ぺんてるの「パスティック」で、こちらも全芯タイプのクーピーの類似品。…本当にどれ一つとして未使用の物はなく、さりとて使い切りに近い状態の物も全くありませんでした~(涙)。戦後の物の無い時代の苦労を知る人のはずなのに、何故こんなに物を無駄にし捲る事が出来たのか、娘としても全く不可解でなりません。
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