2024/07/14

テームズ河畔の城下町ウォリンフォード 2

 

昨年の今頃、オックスフォードシャーの歴史的な町Wallingford ウォリンフォードを訪れました。到着してまず最初に、中世の古城を見学します。

かつてはイングランドで最も強固で重要な王城の一つと言われていましたが、今は僅かな遺構が残るのみの全くの城跡です。現在は「Castle Gardens」と言う公園として整備され、入場無料で一般公開されています。

この人口の洞窟grottoは、後世に庭園の一部として作られた物のようです。

案内板の復元図を見ると、かつては城壁の中に集落や菜園をも併せ持つ、広大な城だった事が分かります。

もう一枚の復元図。東側はテームズ川と言う天然の要塞で、其処から堀に水を引き、三重の城壁を持つ、かなり守りの堅牢な城だった事が伺えます。


このウォリンフォード城は、11世紀のウィリアム一世に寄る征服直後に、motte-and-bailey モット・アンド・ベーリー様式で建てられました。

その後の12世紀には、イングランド王室から神聖ローマ帝国に嫁いだ皇后マティルダと、その従兄のスティーヴン王との跡目争いの舞台の一つとなったそうです。この城はマティルダ皇后の支配域の最東、つまり敵地との最前線の砦として重要だったようで、彼女はその後事実上イングランド初の女君主になります。

16世紀にはヘンリー八世の所有となりますが、彼はこの近くのマナーハウスの方に好んで滞在した為、城は打ち捨てられ朽ち果てて行き、ついには建物は壊されてウィンザー城の資材として使用されたとか。

その後17世紀の市民革命時に、王党派の拠点の一つとして再度重要視されます。しかし共和国派が勝利した後は、城は完全に破壊されました。

現在城らしい面影を残す建造物は、この部分のみ。元は、最外側か二番目の城壁の一部だったようです。

裏面から見た所。

上部に部屋らしき空間も見えますが、いかにも崩れ易く危険で立ち入り禁止になっています。

良く見ると、窓枠に木造部分も残っています。

この建物から直角にも、低い建造物が続いています。

こちらのゴシックな窓は、結婚式の撮影とかをするのに人気そう…。ロマンティックなウェディング・フォトの為なら、何処へでも出掛けて撮影するイギリス人(…その熱心さの割に離婚率は高い)

この扉が、先程通ったCastle Laneに通じていたようですが、鍵が掛かっています。

Castle Laneを上から見た所。汚くもないし歩き辛くもないのですが、両脇を崖&高い塀で囲まれ閉塞感が半端なく、再び通りたくなるような嬉しい遊歩道ではありませんでした。

この小路に架かる吊り橋もありますが、長年誰も通っていない様子。地図で確認すると、この先がかつてkeep=本丸の立っていた人口の丘モットだったようですが、木々に覆われて鬱蒼とし、近付く気にはなれませんでした。

しかし、Castle Laneを跨ぐもう一つの橋があり、この先にも城跡の敷地が続いているので行ってみます。



0 件のコメント: