2026/03/24

イースト・アングリア王の墓所サットン・フー 2

イギリスの考古学史上で最も著名な発掘遺跡の一つとなった、6~7世紀のイースト・アングリア王の埋葬地Sutton Hoo サットン・フーで、古墳そのものを見学した後は、丘を下り谷底を流れるRiver Deben デベン河畔の遊歩道をしばし歩きました。

サットンはsouth townに近い意味のイギリス中に多く見られる地名で、フーは小高い丘を意味するそうです。急な遊歩道を下って行くと、埋葬地がかなりの高台にあるのが実感出来ます。

河畔には、農家が点在し牧草地が続いています。

谷底から、Tranmer Houseを見上げた所。眺めは良いけれど、正直風当たりは非常に強そうな立地…。

屋外劇場の在る、別な丘に登りました。柵で囲まれたサットン・フーだけでなく、この一帯全てが埋葬地になっているらしいので、この丘にも古墳が在るのか知れません。川と対岸を眺めるのには、持って来いの場所です。

そもそも、この土地はサクソン時代の遥か以前の新石器時代、青銅器時代、鉄器時代、古代ローマ時代から定住地になっていたそうです。こちらは、Woodbridge ウッドブリッジの町。

続いて、サットン・フーのかつての所有者で発掘事業のパトロンだった、Edith Pretty イーディス・プリティの住居Tranmer House内を見学しました。 

プリティ一家についての、資料が展示されています。 

中央に掲げられているのは、彼女の56歳の時の肖像画。夫の死後、霊的な事に興味を持つようになったそうで、それが古代遺跡の発掘に熱心になった理由の一つなのかも知れません。 

こちらは、イーディスの息子ロバートの肖像画。47歳で出産した一人息子ですが、四年後には父親のフランクが56歳で胃癌で亡くなり、十二年後には母親イーディスを失います。そして息子自身も、父と同じ病で同じ位の年齢でこの世を去ったそうです。この場所は、1998年からナショナルトラストに寄って管理されています。

 

 

 

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