九月最初のフリーマーケットで、イギリスで良く見掛ける陶器で花を模ったブローチの幾つかの中に、非常に細かい美しい彫刻の白っぽいカボションが二つ混じって売られていました。こちらは明らかに陶器ではなく、ピンの外れたブローチでもなく、ペンダント・ヘッドでもありません。裏面を見ると、奇妙な突起が出っ張っています。二つで50ペンスで買いました。
二つとも同じ大きさで、直径は約3.5cm。どちらの彫刻もオールド系のバラ、マーガレット等の草花を表しているものの、良く見ると二つの図案は同じではありません。どう見ても手作業でしか出来ない彫りの深さ&角度&立体感で、葉の葉脈まで表現された眩暈のする程の細かさと正確さです。
裏面は、こんな感じ。最初は、セルロイド等の初期プラスティック製だと思って買いました。こんなに繊細な彫りなのに、しかも特に大事に保管されていた訳ではなさそうなのに、良く今まで一つも欠けもせず居たもんだと思いました。しかし家に帰ってから改めて裏面を見て、ありゃりゃ、これ象牙だ~と気付きました。
プラスティックよりは硬く冷たく重く、ボーンより密度が高く滑らかで更に硬質です。そもそもボーンなら、血管や神経の通っていた跡の不規則な黒い筋が見えますし、これ程シャープで緻密には彫刻出来ないはずです。
象牙はセルロイドやボーンより高級な訳ですが、正直嬉しくない時代遅れな素材です。ワシントン条約に寄り、国外持ち出しは御法度です。今でも二本の牙の為に、象が殺されているのは許せない事です。主に中国市場の為に密猟されるそうですが、情けない事に日本人にも協力者が居ると聞きます。
象牙を有難がるから欲しがる人が居る訳で、象牙製品が世間に出回らないよう、密猟撲滅の為に没収した象牙を焼却処分する活動もありますが、どうもイタチごっこで効果は思わしくないようです。
して、この製品はの正体一体何なのかと言うと、良く似た形態の物をやっと突き止め、どうやら「bouton de col ブトン・ド・コル(英語でcollar
button)」と呼ばれる付け襟用のボタンのようです。襟の二ヶ所の尖った部分を留める為の物で、基本的にはペアで一組存在するそうです。とは言え縫い付ける為の穴等は一切見当たらなく、恐らくこれだけ繊細な造りのボタンだから、衣類の洗濯の度に破損から守る為に取り外さなくてはならず、カフス・リングのようにボタン穴に突起部分を通すだけの仕組みだったのではと推測します。製造は19世紀で、もしかしたらフランス北西部の港町Dieppe ディエップで製造されたのかも知れません。かつてディエップは象牙彫刻の本拠地で、西アフリカの象牙海岸からの象牙が職人に寄って加工され、ヨーロッパ中に輸出されていたとの事です。
イギリスのアンティーク商では、この手の製品は単品でも20~50ポンドで取り引きされているようですが、私はこれを売りに出すつもりはありません。そんな事をしたら、動物保護団体から攻撃を喰らう可能性があります。素材的には罪悪感が残っても、技術工芸品として、またファッション・アイテムとしては大変貴重なので、只一生自分の手元に残して置くつもりです。私が死ぬ時には、服飾博物館にでも寄付して欲しいと思います。
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