今年は一年の三分の一を自宅を離れて一時帰国し、その多くを年老いた両親の世話に翻弄された。しかしイギリスに戻ってからは、始終屋根の修理に振り回されるような年だった。私が未だ日本に滞在していた五月、大雨の夜に自宅の屋根が雨漏りを起こし、夫は夜中にベッドが濡れている事に気付いて目を覚ました。物置になっている屋根裏へ登ってみると、確かに屋根にぽっかり穴が開いて空が見えた。その時は、応急処置として穴の下へプラ製の大きな衣装ケース(私の衣装を放り出し。怒)を置いた。
予め言って置かなければならない前知識として、イギリスの修理や建設工事関係の仕事ぶりは、概ね先進国のプロの仕事とは思えない程大雑把で、日本人の想像を絶する程レベルが低く、その割には金額はとんでもなく高い。この国にも絶対安全基準はあるはずだが、ヘルメットを着用して工事する人はほとんど見た事がないし、例えアスベスト塗れの解体現場でも、夏場は半裸で仕事する人も珍しくない。なので、自分自身かパートナーがDIYが得意じゃない限り、金銭的には勿論、イギリスでの暮らしは物凄~く損と苦労をする事になる。
幸運な事に我が夫はDIYが得意で、電機工事もコンピューターの修理も出来る限り何でもこなす。しかし、屋根の修理は流石に専門会社に依頼するしかない。夫は翌朝ネットで近隣の屋根修理会社を検索し、信頼出来る評判の良い幾つかに見積もり依頼を出した。しかし、返答して来たのは小さな一社のみだった。その会社も、ネットに不具合があって良く繋がらないだの、社長がハネムーンで数週間留守にするだので、実際に見積もりを取りに社長が現場(我が家)を確認に訪れたのは、依頼から一ヵ月近く経った後だった。
見積もりは出たが、実際に修理が始まる日程はまるで立たなかった。更に予め付け加えなければならないイギリスの現状として、この国はここ十年近く移民急増の為に、凄まじい住宅建築ラッシュだと言う事。どんな僻地にも新興住宅地が造成され、イギリスの原風景的な田園景色が激変し、長閑な小さな村だったのが数年で四、五倍以上の大きさに変貌するのも珍しくはない。その為、建設工事従事者は常に不足している。EU離脱でEUからの移民は激減したものの、逆にEU外からの移民の数は鰻登りらしい。最早アングロ・サクソン人(古来からのイギリス人)は絶対にしたがらない、辛い汚い安い仕事をする労働者が大量に必要だからだ。
私が長く日本に滞在して離れて暮らしていたせいで、我々夫婦は旅行に殊更飢えていた。しかし、いつ屋根修理が始まるか全く予測が全く付かなかった為、夏休み旅行はどんどん先延ばしされ、出掛けられるのは日帰り旅行のみだった。やっと実際に修理の予定が立ったのは、既に9月末。その後すぐに足場は建てられたものの、肝心の大工は中々やって来なかった。
その頃になると、当然日照時間は短くなり、また天気の悪い日も一層増えた。雨が降ると、屋根の工事は出来ない。それは仕方ないとして、問題はこちらから問い合わせない限り、修理会社からは絶対に連絡を寄越さない事だ。更に、晴れていても他の仕事が入ったからと大工が来ない事もあるし、明日は絶対に来ると言っておいて来ない事もあり、女性事務員が伝えるのを忘れた、または予定を見落としていたと言うお粗末ぶりもあった。伝統的にイギリスの大工は連絡が苦手と言う話だが、苦手と言うレベルじゃなく、連絡が必須と言う概念そのものがないのだろう。このインターネットの時代に、前世紀どころか産業革命以前の仕事ぶりだ。
最初は2,3人の大工がやって来て2,3日で修理が終了する物だと、すっかり夫婦揃って思い込んでいた。しかし実際にやって来た大工は、ボブと言う中年男性一人だった(ボブ・ザ・ビルダー…)。ボブの話では、他の大工は全く使い物にならず、返って自分一人の方が仕事が捗ると言う。ポーランドやルーマニア等のEUからの出稼ぎ大工は仕事が出来たが、離脱で揃って故国に帰ってしまい、イギリス出身の大工、特に若者はまるで役立たずな為、致命的に大工が不足しているとの話だった。確かにボブは、うちへ来る日は朝八時から黄昏時まで懸命に働いた。
実際に修理してみると、屋根瓦やその下の分厚いフェルト製のシートが破損しているだけでなく、屋根の梁の木材そのものが経年で腐っていて、見積もりとは別料金で総取り換えしなければならなかった。我が家は築70年位でイギリスとしては新しい家だが、今迄屋根の取り換えをした事はなく、瓦の幾つか以外は素材自体が寿命らしい。ここでイギリスの一般的な屋根の構造を説明しておくと、梁の上にフェルト・シートを被せ、屋根瓦を乗せるだけである。流石に、現在フェルトは耐水性シートに換えられているそうだ。
しかしやはりたった一人の大工では、一日に進められる仕事の量はたかが知れている。その内に日没はどんどん早くなるし(11月では4時頃)、天気は連日雨ばかりになり、ボブは他の家の仕事も受け持っているので一週間に一度も来なくなり、ついでに彼はコロナに罹った為に一ヵ月以上も仕事に復帰出来なかった。
その頃には屋根の主要な修理は終わっていたが、使用していない煙突の付け根から未だ雨漏りしていた。確かに其処は屋根で一番雨漏りし易い部分で、修理前にも一度だけ、バケツをひっくり返したような土砂降りの際に雨漏りした事がある。しかし、今では滝のような豪雨は気候変動で全く珍しくなくなり、煙突は年々劣化して行く一方だ。一度ボブが煙突の接続部分の鉛板を貼り替え、更に別料金は掛かったが、それでも未だ雨漏りは解決出来なかった。
そして12月に入ってもボブがコロナで来れない期間が続いた為、修理会社の社長は別な外部委託の大工を寄越した。彼が煙突を確認した所、接続部分ではなく煙突そのもののレンガの目地に亀裂が入っていた。其処で、急遽煙突自体を撤去する事になった。
それが終了し、遂に足場が取り去らされたのは、結局Xmasイヴの二日前! 実は未だ妻面の破風の修理が残っているのだが、それにはボブ自身の持つ小型足場の方が返って作業に都合が良いらしい。すっかり足場に囲まれた家で年を越さなければならないと思っていたので、それのない当たり前の状況の清々しさを、夫婦で素直に喜び合った。秋中、足場の為に庭仕事がままならなかったのもストレスだった。結局最初の見積もりの倍近くも金が掛かり、夏休み旅行もすっかり見逃したが、今迄の屋根の状態では、雨の多いイギリスの今冬は到底越せなかった。
今年は義妹の家でも風呂が壊れ、浴室を全面改装しなければならなかった。日本であれば、全ての工事がパックにされたユニットバスがあり、一日で取り付け完了する事もあるが、イギリスにはそんな便利な物は存在せず、全て義妹が別々に大工(builder)、木造大工(carpenter)、配管工(plumper)、電気技師(electrician)を手配しなければならなかった。義妹の夫は、こう言う時もまるで役に立たないらしい。
しかし例に寄って大工が来ると言って来なかったりで、結局浴室改装工事に一ヵ月掛かった。その間風呂無しでは当然暮らせない為、義妹一家は義母の家に居候していた。安く上げる為に知り合いに依頼したものだから、普通は工事料金に込みでプロが処分するはずの古い浴室の瓦礫が、未だ義妹の家の前庭に山積みで、自分で処分するには200ポンド(三万六千円以上)程掛かり、返って面倒な上に高く付いてしまったらしい。
因みに我々がこの家を購入して越して来た直後にも、屋根に小さな穴が開いているのを発見し、修理代の一部は家の売り主に払わせた。その際、昔からこの町に住む夫の同僚にお勧めの修理会社を紹介して貰ったが、充分酷い仕事ぶりで、二度とその会社に依頼する気にはならなかった。そんな修理会社でもお勧めなのだから、やはり多くのイギリス人にとっては「許容範囲内のレベル」なのだろう。
イギリスの修理・工事は、評判&想像通りにイライラさせられて非常に厄介だった。やはり出来るだけ依頼しないのに限るし、少なくとも屋根の修理は生涯もう二度としなくて済む事を祈る! こんないい加減な仕事ぶりでも倒産せずにお金を貰えるのだから、ある意味日本より遥かに生産性が高いとも言える。しかしこんなにあちこちの業務がズサンでは、絶対に非効率的な仕事や無駄な出費も多いはずで、多分真っ当には儲けていないだろうとも思う。
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