2026/02/28

田園の館グレイズ・コート 4

 

昨年の三月に訪れたオックスフォードシャーのチューダー時代のカントリー・ハウスGreys Court グレイズ・コートの敷地には、人気のウォルド・ガーデンのある庭園だけでなく、館の背後()には広大な緑地が広がっています。

大抵の訪問者は、残りの時間が許す限りここを散策します。  

未だ庭園を楽しむのには早過ぎたこの時期は、特に子供連れには、返ってこちらの方が人気かも知れません。 

牧草地には、実際に羊がわんさか放牧されています。

しかし子供達が羊の合間を奇声を上げて容赦なく駆け回るので、わらわらと避難して来ます。 

この勘違いされた鳥居のような、日本人にとっては居た堪れない赤い橋は、Moon Bridgeと呼ばれ、一応日本ではなく中国風と言う事になっています。強度が十分ではない為、通行は禁止になっていました。

この縄文時代の竪穴式住居を復元したような建物はIce House、即ち氷室です。電機冷蔵庫のない時代、夏期はここで食料品等を保存したようです。

内部は、地下に向かって続く煙突のようにレンガ張りになっています。

この日は快晴だっただけでなく、気温もこの時期にしてはかなり高かったので、最後にこの年最初のアイスクリーム日和となりました。

このアイス、間違いなく美味しいんですけど、今のNTの売店の大人用カップ入りアイスは、全国何処へ行ってもこのメーカーの同じ製品ばかり。しかも、こう言う観光地で売られる大人用アイスって、イギリスでは一個600円位するのです。もしスーパーだったら、余裕でタブごと買える値段です。

お天気に恵まれた日曜日だったので結構混んでいましたが、とても気分の良いお出掛けになりました。今年は是非庭園の見応えのある季節、出来れば桜か藤の開花時期に訪れてみたいと考えています。

 

 

 


2026/02/27

田園の館グレイズ・コート 3

 ※蝶のアップの写真が登場する為、虫嫌いの方は閲覧注意。 

昨年の早春に訪れたNT(ナショナルトラスト)のチューダー時代のカントリー・ハウスGreys Court グレイズ・コートで、お屋敷内を見学した後は、庭園や屋外を見て周ります。

庭園は、お屋敷(母屋)とはcourt yardと呼ばれる緑地挟んだ向かい側に在ります。まず、教会かお城の塔のような建物に目が留まります。

これ、本当に城跡なんです。銃眼付きの四角柱の搭は14世紀築ですが、城跡の一部はサクソン時代の物だそうです。サクソン時代の城と言うのは、非常に貴重! 何せサクソンには築城の技術が余り無かった為、ウィリアム一世が征服後にせっせと国中にモット&ベイリー式の城を建て捲ったと聞きます。 

庭園は、遺跡と上手く組み合わせてあります。イギリス人のお金持ちが自邸に自ら「なんちゃって遺跡」を作っちゃう程、庭園と遺跡と言う組み合わせが流行った事があるようです。

この日のお天気は抜群に良かったものの、季節的に庭園を楽しむのには未だちょい早過ぎで、花壇は寂し~い状態でした。

花で華やかに見えるのは、せいぜい温室位。 

しかし、この季節にはかなり早く、蝶が既に飛んでいました。アドミラルと呼ばれる、イギリス人の好きなオレンジ色の蝶です。留まっている花は沈丁花。 

庭園は、イギリスらしく石塀に囲まれたwalled garden になっています。

更にこの部分は、藤棚になっています。藤を棚仕立てにするのはイギリスでも珍しくありませんが、ウォルド・ガーデン式の囲まれた空間にするのは初めて見ました。樹齢150年以上の古木も混ざり、開花の季節には、さぞ独特で見応えがある眺めになるだろうと想像します。 

この時藤棚の下に咲いていたのはヘレボラス。この時期に開花するのは、クリスマス・ローズではなくレンテン・ローズです。 

果樹園の脇には、この館の最後の住人ブラナー夫人自ら設計した桜並木が。桜をこんな風にアーチ仕立てにするのも日本人にはない発想で、また初めて見ました。 

その脇の緑地には、チオノドクサ等の春の球根草やプリムローズが咲いていました。  

イギリスのあちこちの庭園で見掛ける、一種類のみの花の鉢植えを棚に整列させたディスプレイ。この可愛さに真似したくなる人は多いようですが、正にこの素焼きの鉢で全て揃えないと様にならず、また鉢が極小なので水切れし易く開花期も短そうで、難易度は結構高そうです。





2026/02/26

オーバーンのビンテージ・シンディ

 

今年の山小屋風チャリティショップでの初収穫は、このビンテージ・シンディでした。験を担ぐのじゃないにしても、年の初めから出だし上々なのはやはり気分が良い物です。

値段は、現代のバービー等の他の中古人形と変わらず1ポンドでした。かつてこのチャリティ屋で、上半身だけのビンテージ・シンディでさえ5ポンドで売られていた事があるのに、やはり値段を付ける人によってマチマチなのだと思います。まして、どれがどの人形で価値があるかは、余程興味がある人じゃない限り気付きません。

買った時は、相変わらずこんな見るも無残な状態でした。これでは、確かに現代の子供は遊ぶ気にはならず、見向きもしないでしょう。こんな地肌が見える酷い薄毛でも、実は抜け落ちた訳ではなく、元から植毛自体が非常に雑でショボいのです。全体的に逆毛立ってパサパサに乾いてはいますが、髪質自体はまあまあ許せる状態。リアル・アイラッシュは短くなってはいるものの、辛うじて残っています。リップの塗料は、かなり剝げ落ちていました。

ボディは1980年代のペディグリー社の最終期の仕様のようですが、顔は7080年代の過渡期に見えます。ビンテージ・シンディに時々ある事で、ヘッドの首穴に首がめり込んじゃって、猪首かと言う程短く見えます。あと、右手の指が一本、左手の指先二本が欠けています。ただ、股関節の中のゴムは未だ健在で、珍しく腰砕けではありません。肩が盛り上がったボーダー・チュニックのアウトフィット(超絶だっせー)は、80年代のバービーの物です。 

しかし黒いウェスタン・ブーツは、シンディのオリジナルなのが嬉しい。ビンテージ・シンディのフットウェアも、eBay等で買うと5ポンド以上はしますから。このタイプで黒は未だ持っていなかったし、タイツやソックス等を履いた上からでも着脱し易く、度々コーデに役に立つブーツなのです。


首の短さは、一度ヘッドを引っこ抜き、首穴をカットして広げて解決。しかし油断すると、再び頭が首に沈みます。リップはリペイントし、ついでに睫毛も描き足して少し濃い目にメイクしました。

髪は整えてジェルで濡らしてポリスリーブで押さえ、傷んだ部分を切り落としてウルフカット風ボブにしました。それでも襟足が浮いてしまうので、ラップでマフラーのようにぐるぐる巻きに固定してしばし放置しました。 

欠けた指の修理方法が「Dolly Bird」に掲載されていたように思いますが、ここでは材料が手に入りそうもないのでそのまま放置。 何か良い解決策が見付かったら、その時挑戦します。

オーバーンと言う赤味掛かった栗色の髪なのが、ビンテージ・シンディとしては少しだけレアです。 シンディの基本的な髪色はブロンドで、時々焦げ茶、または黒髪に近いブルネット版も割と見掛けます。 

私にとってはオーバーンのビンテージ・シンディは二体目のはずですが、一体目は70年代の製品で髪質が相当悪かったように記憶しています。

ショートにカットしたシンディ、意外とイケるかも知れないと自分では思いました。髪量が元から乏しい分、髪を漉く事なく落ち着きます。今まで最初からショートヘアのシンディと言うと、バブルカットのように予め髪がカールされているタイプで、直毛ボブは存在しなかったはずです。 

今回のミニ丈ワンピースには、この着物と同じ、自分のスカートを丈詰めした際の端切れを利用しました。 

この生地の柄は、ドール服としては和服のような面積の広い服にこそ生きると、今まで自分では思っていた訳ですが、中々どうして洋服も悪くないようです。

 黒地に蛍光色等の花柄が映えて、この小さな面積でも相当賑やかで楽しい柄です。 

ところで、80代の基本的なシンディのボディは、腕と脚がリカちゃんの脚と同じ弾力性のあるソフビ素材で出来ています。これがやたら布が貼り付いて引っ掛かり易い、要は滑りが悪い素材で、またこのボディは可動域が極端に狭い事もあり、着せ替え人形と言えど服の着脱は結構面倒なのです。

特にこのシンディの手脚は、素材が経年で劣化してベタ付いているのか、他のビンテージ・シンディと比べても布地が貼り付き易く更に大変でした。それで、こんなシンプルなパターンの服ですら、袖を通し易く太めにとか、後ろ開きを大き目に取る等の、着せ易い工夫をしています。

タイツやソックスも、普通のストレッチ素材では中々脚を通らない為、かなり太く作られた物しか履かせられないのですが、生地が厚めのタイツを脚の太いシンディが履くと、タイツと言うよりはレギンスに見えます。そういや自分がタイツを履いても時々レギンスに見えるわい、と思いました💦

またこのボディのバストの位置が、かなり上なのも改めて気になりました。乳房は加齢と共に引力に従って下がって来るので()若い証拠ですが、それにしても余りに上過ぎるのではと思います。

白いバッグは、姉が送ってくれたサマンサ・タバサ30周年記念のチャームのガシャポン。細かく良く出来ていて、流石に様になります。

本来こんなスタイルは1960年代風なので、80年代のシンディには既にそぐわないはずなのですが、このシンディのレトロな少女漫画顔には、やはり6070年代ファッションの方が似合うように思います。

そう言う80年代にしては子供にとっても時代遅れなセンスだった為、大きくリニューアルされて方向性を見失い、結局可愛くなくなって失敗し、イギリスを去る運命になってしまったのかも知れません。




2026/02/25

田園の館グレイズ・コート 2

 

昨年の三月に夫婦で訪れたオックスフォードシャーのチューダー時代のカントリー・ハウスGreys Court グレイズ・コートの屋内見学で、一番印象に残っているのは、館の最後の住人レディ・エリザベス・ブラナーの寝室でした。

このベッドに掛かるイギリスらしいヘキサゴン・パッチワークのベッドカバーは、夫人が存命時に使用した物ではなく最近の制作ですが、地元の婦人会に寄る力作です。 

そのパッチの中の一柄は、肖像画中のブラナー夫人のブラウスと同じリバティの生地を使用しています。

何せリバティでは、創業当時からの幾つかの柄を今でも販売し続けていますから、少し昔の肖像画と同じ生地も入手出来る訳です。

 

木調を生かした、壁紙のセンスも良い心地良さげなインテリア。現在は使用されていない大きな暖炉には、これまたフラワー・アレンジメントの大作が飾られていました。 

またこの部屋には、中々素敵なサンプラーも展示されています。

女児が初めての刺繍作品として仕上げたサンプラーではなく、夫人が男児誕生の際に記念に自ら仕上げた作品のようです。

この小さな階段は…、

…専用のバスルームに通じています。秘密の小部屋っぽくて面白い造りですが、ちょっと高齢者には不便です。

ここの館は天井のレリーフも興味深く、写真を幾つか撮りました。

こちらは壁面。これらのレリーフは、石膏を型に入れて固めて制作しているようです。

こちらは、正面玄関ホールの天井の角。 

こう言う所まで拘って装飾するのが、金持ちが金持ちたる所以です。 

しかしここのは、繊細な優雅さに溢れていてケバケバしくないのが気に入りました。

また、この館の台所も魅力的に見えました。台所に通じる階段に設置された移動椅子は、ブラナー夫人が使用した物かも知れません。

今でも十分機能的で実際に使えそうなキッチンなのは道理で、時々ボランティアの方々がここでお菓子を焼いて来館者に配るからだそうです。 

調理器具は、「カントリーなおうちにはこれでなくっちゃ」の大きく古風なストーブ式。 

その上に並んだ、50年代風のカラフルな花柄の容器は、鍋ではなくキャニスターです。

陽当たりの良い窓辺のシュガーピンクの小さなダイニング・テーブル・セットと、壁のタイルの柄の絶妙な組み合わせも素敵。ここで焼き立てのお菓子を味見しながらお喋り…なんて光景が似合いそうです。

 
日本の主婦の憧れ?パントリーも、イギリスの大抵のお屋敷の台所には在ります。

そして、この古風なキッチンに、巨大な冷凍庫の置かれているアンバランスさが面白い。イギリス人は余程冷凍食品を多く食べるのか、一般家庭でも普通の冷蔵庫とは別に、冷凍専用庫を持つ家は多いようです。

ここぞとばかりに有り余る財力を見せ付けるお金持ちのお屋敷見学には、普段は余り気乗りしない私ですが、ここは楽しめ気に入りました。これとて庶民にとっては大邸宅には違いないものの、豪華過ぎる宮殿級よりは、やはりこんな住居者の暮らしぶりが感じ取れるお屋敷が良いなあ。 

日本人が英国に対して勝手に思い描くバラ園とアフタヌーン・ティー的な、最早本国では失われつつあるステレオ・タイプな英国の雰囲気が、ここには確実に残っています。